掲載日 : [2003-09-18] 照会数 : 2926
関東大震災人権救済申立事件 日弁連の調査報告書<下>(03.9.17)
2 自警団による虐殺に関する国の責任
(7)流言飛語の発生・自警団創設に関する国の関与と、自警団による朝鮮人虐殺
朝鮮人の不逞行為云々はまったく事実ではないにもかかわらず、国(内務省警保局)は、朝鮮人が放火・爆弾所持・投擲・井戸への毒物投入等をおこなっているという誤った事実認識および「周密なる視察を加え、鮮人の行動に対しては厳密なる取締を加え」るべきであるという指示を、海軍送信所からの無線電信により全国に伝播させ、また、電報や県の担当者との会合において各県担当者に伝達した。これにより、各県の地方長官は、通牒を発して管下の各郡役所、さらに管下の町村に伝達した。すなわち、内務省警保局と県の地方課長の打合せの下に、朝鮮人による不逞行為の発生という認識と、これに対する監視と取締りの要求が、県内務部、郡長、町村長のルートを通じて伝達され、消防、青年団を通じて自警団を組織し、自衛の措置を講ずることを指示した。こ
れが各地における朝鮮人殺害等の虐殺行為の動機ないし原因となったものである。
上にみたとおり、埼玉県においては、『東京における震火災に乗じ、暴行を為したる不逞鮮人多数が、川口方面より或は本県に入り来るやも知れず、而も此際警察力微弱であるから、各町村当局は在郷軍人分会員、消防手、青年団と一致協力してその警戒に任じ、一朝有事の場合には速に適当の方策を講ずるよう、至急相当の手配相成りたし』との通牒により、各町村において自警団が結成され、また、朝鮮人は東京において暴行をなし、埼玉県下においてもいかなる蛮行をなすやもしれないとの誤った認識を自警団はもちろん地域住民に広くひろめた。そして、これが自警団員等において朝鮮人の殺害行為等の動機を形成する重要な要素となったものである。
内務省警保局との打合せに基づいて県内務部長から各郡役所、各町村へと通牒が伝達指示されたことが現在はっきり確認できるのは埼玉県の場合にとどまるが、同様にして、内務省警保局長の打電は各町村の末端に至るまで徹底されたと考えられ、これにより、朝鮮人の放火、爆弾所持などの「不逞行為」の存在は、中央政府の治安当局の指示・命令として確認された事実として周知徹底され、各地において朝鮮人に対する監視と取締りの体制が採られたのである。「武装」という指示は具体的に示されているわけではないが、当時の状況からすると、それが前提とされていたと考えられる。
各県庁に県知事の掌握する警察部があり、市と郡役所所在地に警察署、その他の町に警察分署、村には巡査駐在所が置かれた。さらに警察だけでは力が及ばないときには、自警団が補助警察として出動した。なお首府の警察としては警視庁があり、これは警保局と並び、内務大臣の直轄であった。
このように、各県の警察部は上記のように内務省警保局長の下に位置し、その指揮下にあったのであり、警保局からの指示によって、警察組織はその指示どおりに動いた。
(8)=略
(9)マイノリテイー保護に関する国際的認識
本件の虐殺に関する国の責任を論ずるにあたって、当時の国際的認識は次のようなものであった。
①日本政府は、国際連盟規約を検討する場で、アメリカに移住した日系人への差別を批判し、日系人を保護する目的で、国際連盟規約に人種平等条項を含ませるべきことを主張していた。(大沼保昭、国際法、国際連合と日本427㌻所収「はるかなる人種平等の思想」)
朝鮮人、中国人に対する大規模、深刻な虐殺被害がおこった背景には人種差別があったことは否定できないところであり、かかる国際的な場で差別防止を主張していた日本政府が国内においてマイノリテイー保護の責任を負っていたことは否定することはできないことは見やすい道理である。
②常設国際司法裁判所は、ドイツがポーランドに返還した領域におけるドイツ系定住者事件(1923年)アルバニアの少数者学校事件(1935年)などにおいて実質的平等についての原則を発表した。
これは、後に国連憲章1条3、55条に盛り込まれる人種差別の防止という国際規範が、すでに古くから人類共通の規範として確認されていたことを示すものである。
このように、国のマイノリテイー保護責任、および、人種差別を規律する国際規範は、この当時から無視できない規範として存在していた。
3 結論
以上の事実および背景事情から、少なくとも埼玉県においては、国(内務省警保局)が地方長官(各県内務部)を通じて通牒を発し、これにより各郡ないし各町村に至るまで、震災に乗じた「不逞鮮人」による放火、爆弾投擲、井戸への毒物投入などの不法行為や暴動があったとの誤った情報を、内務省という警備当局の見解として伝達・認識せしめたこと、これに対する警備と自警の方策(自警団の結成)を講じるように命じたことが、民衆の朝鮮人への暴力と虐殺の動機になったことが認められる。
したがって、自警団による朝鮮人虐殺について、戒厳令宣告の下、殺害の実行主体である自警団を結成するよう指示し、また、朝鮮人に対する殺意を含む暴行の動機づけを与えた点で、国の責任は免れない。
第5章 再発防止の重要性
1 以上検討してきたように、軍隊による国の直接的な虐殺行為はもとより、内務省警保局をはじめとする国の機関自らが、朝鮮人が「不逞行為」によって震災の被害を拡大しているとの認識を全国に伝播し、各方面に自警の措置をよびかけ、民衆に殺人・暴行の動機付けをした責任は重大である。
しかるに国はその責任をあきらかにせず、謝罪もしていない。そればかりか、国として虐殺の実態や原因についての調査もしていない。
虐殺の規模、深刻さにかんがみると、長期にわたるその不作為の責任は重大であるといわなければならない。
国のこれら亡くなられた被害者やその遺族に与えた人権侵害行為の責任は、80年の経過により消滅するものではなく、事実を調査し、事件の内容を明らかにし、謝罪すべきである。
2 最近でも在日コリアン、特に朝鮮学校の児童・生徒に対するいやがらせがなされた事実がある。1994年の「北朝鮮核疑惑」の際、あるいは1998年の「テポドン報道」の際に、民族服であるチマ・チョゴリを着ている朝鮮学校の女生徒に対する多数の暴行や脅迫事件が起きたことは記憶に新しい。そして昨年来、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による日本人拉致事件を同国政府が認め、拉致事件の実体が明らかにされるにつれて、在日コリアン、特に朝鮮学校の児童・生徒に対する暴行・脅迫、いやがらせや危害の予告等が続いている。例えば、朝鮮学校に通う子どもが、登下校中、駅のホームや電車の中で腕を捕まれる、民族衣装のチョゴリを引っ張られる、「植民地時代に朝鮮人を全員殺しておけばこんなことにはならなかった」・「朝鮮に帰れ」などと
言われる、すれ違いざまに「拉致」と言われるなどの被害を受けている。あるいは、朝鮮学校のホームページの掲示板への書き込み・手紙・電話などにより、朝鮮学校の子どもに対する危害の予告が行われ、そのために一時的に休校せざるを得なかった例もある(資料第5の2、日弁連会長声明、同緊急アピール)。 このような出来事を考えれば、予測できない大きな事件や災害が起きたとき、今の日本でも流言飛語などの影響で在日外国人に不当な民族差別と嫌悪感、排斥的感情を引き起こす可能性があることを自戒すべきである。 事件発生80周年の今こそ、国が事件発生の原因を事実に即して究明すべくただちに調査に着手すること、事件発生にかかわる重大な責任をみとめて謝罪すること、そのことを通じてかかる重大なあやまちを再発させないとの決意を内外
に明らかにすべきときである。
以上の調査に基づき、主文に記載したとおり、 第1に、国は関東大震災直後の朝鮮人、中国人虐殺に対する虐殺事件に関し、軍隊による虐殺の被害者、遺族、および虚偽事実の伝達など国の行為に誘発された自警団による虐殺の被害者、遺族に対し、その責任を認めて謝罪すべきである。
第2に、国は、朝鮮人、中国人虐殺の全貌と真相を調査し、その原因を明らかにすべきである。
との頭書の勧告に及んだ次第である。
(2003.9.17 民団新聞)