掲載日 : [2003-09-18] 照会数 : 2732
まだまだ現役ハラボジ・ハルモニ 趙玉順さん(03.9.17)
川崎・「キムチのお店」経営 趙玉順さん(89)
会話が元気のみなもと…地域の「生き字引」的存在
とにかく明るい。そして会話が好きだ。話し出したらなかなか止まらない。
同胞多住地の桜本に近い川崎市川崎区浜町の商店街で「キムチのお店」を経営する趙玉順ハルモニ。来月には90歳になる。
店には長男の嫁さんか2男の嫁さんがいるので、天気の良い日は、夏でも冬でも、朝と夕方の散歩を日課としている。
約1時間ほどかけて、近所をまわり、知り合いと会うと公園などで語り合って戻ってくる。
記憶力が強く、過去のことをよく覚えており、人的情報も多く、地域の「生き字引」みたいだと、同居する長男の李朱奉さん(70)=電気工事会社経営=はいう。
趙ハルモニは、先に日本・鳥取に来ていた夫と合流するため、28歳の時に故郷の茂朱(全羅北道)から2人の子どもを連れて釜山経由で下関に。夫の仕事の関係で鳥取から埼玉、千葉と移り、そこで「解放」を迎えた。
川崎には41年前、48歳の時に移転、自分で漬けたキムチを売るようになった。婦人会に参加、2年前に病気手術をするまでは、婦人会の旅行にもよく行っていた。
今は、足腰が少し弱くなり、外に出かける時には、乳母車を杖代わりにしている。もし、転んだりして他の人に迷惑をかけることがあってはならない、と旅行参加はやめている。
家族たちは、病気手術後、キムチ店を閉めようかと思ったが、昔からのお客がいるし、店の前を通る知り合いとのおしゃべりの効用などを考慮して、店を「再開」した。
「ハルモニの健康管理のために店を続けている」(長男)。
趙ハルモニは「子どもたちもみんなしっかりしているので、なにも心配はない。嫁たちもよくやっている」と、終始笑顔だった。
(2003.9.17 民団新聞)