若き同胞の皆さんへ。
草津温泉にある楽泉園に入所していたハンセン病の元患者は、50年前は1200人でしたが、今は95人に減りました。同胞も多い時は約50人でしたが、今は男性3人、女性1人になりました。そのうちで一番年上の私は今年、91歳になります。
昨年末、韓国民団群馬県本部から、男女5人の方たちの慰問を受け、たくさんのお土産をいただきました。深く感謝いたします。
私は2歳の時、父母に連れられ、和歌山県に来ました。故郷は慶尚南道の咸安です。小学4年生の初めにハンセン病にかかって以来、祖国には血族に迷惑がかかることを考え、一度も帰っておりません。父のみが帰国し、高台にあった家も土地も父の姉一家に与えて、再び日本に戻りました。
ハンセン病患者は当時(戦前)、犯罪者扱いをされ、療養所へ収容するために警官から追い回されました。岡山、広島、北海道など一家で転々と逃げ回りました。
学問は、小学校と夜間中学を卒業し、定時制高校でも学びましたが、症状が悪化して卒業できませんでした。それでも、早稲田大学の通信教育で文学と法学を学びました。書物は古本屋で買い、図書館を利用し、たくさん読みました。
日本人の先生、日本人の友人(後に外科医になった大谷君、家永君、森先生、作家の長谷川四郎先生)などたくさんの方々が異邦人、ハンセン病患者と知りながらも愛情をかけてくれました。
若き同胞の皆さん。
生きることが辛い時代であっても、人間愛の心を持って、長いようで短い一生を精いっぱい生きようではありませんか。石器時代から人間は欲望や権力のために殺し合ってきたかも知れません。それは今も地球上で続いているようです。1匹のアリ、1匹のクモでも、必死に生きていることを時には思い起こして下さい。
(私は全盲のため、係の人に口述筆記していただきました)
国立療養所栗生楽泉園
(2015.1.15 民団新聞)