掲載日 : [2004-02-04] 照会数 : 4434
犠牲者しのび慰霊碑建立へ 日本人有志ら稚内に今秋にも(04.02.04)
サハリン残留韓国人
労働力として強制連行…第2次大戦後は置きざり
日本の国家総動員政策のもとでサハリン(旧樺太)に連行され、第2次大戦後も置き去りにされた韓国人に思いをはせ、犠牲者の霊を慰める「サハリン残留韓国・朝鮮人慰霊碑」(仮称)が、日本人有志らで構成される「サハリン残留韓国・朝鮮人慰霊碑建立委員会」(共同代表=五十嵐広三元内閣官房長官、高木健一弁護士)の手で北海道稚内市内に建立されることになった。
稚内は「強制連行の出発点」ともいうべき象徴的な場所で、サハリンのユジノサハリンスク(大泊)港からは約40㌔ほどの距離。趣旨に賛同した稚内市が稚内公園内の市有地8平方㍍を無償提供した。碑文は建立委員会内部で検討し、秋までには除幕式を執り行いたい意向だ。建立費用の1000万円は、全額市民からの募金でまかなう。
稚内での慰霊碑建立は日本人妻の同伴者としてサハリンから帰日した韓国人でつくる樺太帰還在日韓国人会(李羲八会長)が長年の念願としてきた。長年にわたる裁判闘争と議員懇の運動で残留韓国人の永住帰国実現のレールを敷いてきた高木弁護士も「一つのけじめ。象徴として日本に残したい」と李会長の思いを支援することにした。
92年にユジノサハリンスク市、01年には韓国大邱市に、犠牲となった同胞の慰霊碑が建立されたが、日本にはなかった。
高木弁護士は「地域住民の支持を得るためにも韓国人の被害を訴えるだけではなく、サハリンと韓国、日本を結んだ日本人の運動があってここまできたことを伝える碑にしたい」と話している。
募金振込口座は、三井住友銀行麹町支店、普通口座8662802サハリン残留韓国・朝鮮人「碑」建立委員会、代表高木健一。なお、建立委員会では慰霊碑の設計デザインを担当する作家も募っている。連絡先は高木健一法律事務所(電話03.3237・7501)まで。
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サハリン残留韓国人
第2次大戦中、日本政府は植民地統治下の韓半島から国家総動員政策に基づき韓国人をサハリンに連行、炭鉱や軍需工場で労働に従事させた。46年の調査で残留韓国人は4万3000人にのぼった。日本政府は敗戦後、送還協定に基づく帰還対象を日本人のみとし、旧植民地出身者を除外したため、彼らは自分の意思とは関係なくサハリンに残ることとなった。なお、日本人妻を持つ者とその家族約1500人だけは帰還できた。
(2004.2.4 民団新聞)