掲載日 : [2005-06-29] 照会数 : 6855
日本の息子と、韓国の父…篠藤 ゆり(作家)
日本の伝統芸能の継承者と、韓国のアーティストが、不思議なことに「アボジ」「息子」と呼び合っていた。息子は、能楽囃子大倉流大鼓の大倉正之助さん。アボジは、若い頃カリスマロックドラマーとして活躍し、チョウ・ヨンピルなど多くのアーティストを育て、後にお米一粒に般若心経283文字を書いた、打楽器奏者で書家の金大煥さんだ。
金さんは日韓の交流がまだ乏しかった80年代から、ジャズの山下洋輔さんなど日本の一流ミュージシャンたちと共演を重ねてきた。彼によって「韓国」と出会った人も多く、大倉さんもその一人だった。
二人が知り合ったのは10数年前。音楽とオートバイを通じて絆を深めていくなかで、大倉さんは自分が日韓の歴史についていかに無知だったかに気づき、韓国や中国と日本の関係について真剣に考えるようになる。戦後50年の年には金さんと共に、朝鮮半島から徴用された人々が命を落とした松代大本営で鎮魂の演奏をし、在日コリアンのイベントに参加したり南北統一への思いも共有するようになった。
やがて金さんは大倉さんを「日本にいる息子」、大倉さんは金さんを「韓国のアボジ」と呼ぶようになる。私は、人と人の出会いによって新しい扉が開くさまを間近にみて、ある種の感動すら覚えたのだった。
残念ながら金さんは昨年亡くなったが、目に見えないたくさんの種を、日本に撒いてくれた。
なにより、生身の人間どうしが向き合ってこそ本当の理解と友情が生まれるのだということを、私たちに教えてくれたように思う。
(2005.06.29 民団新聞)