掲載日 : [2005-06-29] 照会数 : 5635
寄稿・『未来をひらく歴史』を刊行して
寄稿・『未来をひらく歴史』を刊行して
歴史認識共有への一歩…刊行まで3年余
大日方純夫さん(早稲田大学教授)
1945年8月に終結した戦争で、日本は敗北し、中国は勝利し、韓国は解放されました。その60年後の今、3国は、過去の歴史をどうとらえ、未来に向けてどのような関係を築いていくべきなのでしょうか。
5月末、私たちは、日本・中国・韓国共同編集『未来をひらく歴史』(日本版・高文研)の刊行にこぎつけました。2002年3月、中国・南京で開かれた「第1回歴史認識と東アジアの平和フォーラム」で企画に合意を見たのが直接のスタートですから、刊行までに3年2カ月がかかったことになります。その間、3国の編集メンバーは、メールで頻繁に意見を交換しあいながら、10回を超える国際会議を開いて議論を重ね、一致点・合意点を確認しつつ、一つの作品を生み出すために力を注いできました。
◆4分科会で検討
最初の1年間は、5回の国際会議を中心に、どのような本をつくるのかを議論しあって、構成を確定し、何とか執筆を分担し合うところまでこぎつけました。その後、約4カ月間を第1次原稿の執筆にあて、昨年5月から今年1月までの間に5回の国際会議を開いて、各国で分担して執筆した原稿の検討を重ね、第5次原稿を経て、今年3月、ようやく印刷にまわす最終原稿に到達しました。原稿の検討は、時代ごと、4つの分科会にわかれて、かなり徹底的に行いましたが、通訳や翻訳にあたっていただいた皆さんの奮闘は、並大抵ではありませんでした。
何をどう取り上げ、それをどのように構成していくのか、大いに議論しましたが、何と言ってもきびしい議論が展開されたのは、原稿の検討に入ってからです。それぞれの原稿に対して、取り上げ方、評価の仕方から書き方まで、問題点を指摘しあって、書き換えを〞迫る〟わけですから。しかし、その過程を通じて、研究状況や評価の違い・ズレも、かなりはっきりしてきました。これまで気づかなかった多くの発見もありました。
◆必要な複合認識
たとえば、韓国に対する植民地支配や中国に対する侵略戦争は、「日本史」の対象ですが、その場合、日本側の支配の歴史、侵略の歴史に傾いてしまいがちです。しかし、韓国の側、中国の側から見ることによって、抵抗とたたかいの歴史が浮き彫りになってきます。また、民衆の生活や女性たちの行動に関心はあっても、自国だけしかわかりませんでしたが、原稿を読むなかで、他の2国の民衆の姿が具体的に浮かび上がってきました。
視点を転換させることによって、同じ事柄の別の側面が見えてきます。また、視座を移動させることによって、今まで見えなかったものが見えてきます。共通の事柄を、一方からだけでなく、三方から照らし出してみること。複合的な認識力を高めることを通じて、共通部分に対する認識は深まっていきます。また、一方の状況だけでなく、三方の状況を洗い出して、相互に照らし合わせてみること。それぞれの状況を知りあうことを通じて、他者に対する認識は深まり、認識範囲は拡大されていきます。歴史認識を豊かに鍛えていくこうした作業を通じて、相互認識は深まり、歴史認識の共有部分は確実に拡大していきます。
◆平和の共同体へ
緊密化の度をいよいよ強める東アジア。隣国同士の相互理解と友好関係なしに、その未来はありえません。私たちが目ざすのは、共通の歴史教材によって歴史認識の共有への道を開き、ひいては東アジアに平和の共同体をつくることです。この本を、東アジアの新しい歴史の扉をひらく〞鍵〟にしてほしいと思います。その鍵を握るのは、とくに未来を担う若い世代です。
(2005.06.29 民団新聞)