掲載日 : [2003-02-19] 照会数 : 3807
カナダをさまよう帰国者 萩原遼(ノンフィクション作家)
その人から電話があったのは昨年の12月の半ばだった。日本に一時帰国中だった。朝鮮語で、自分は在日朝鮮人帰国者であり、最近北朝鮮を脱出したと名乗った。カナダからかけているという。どうして私の電話を?「先日先生の講演会に参加して名刺をいただきました」。
昨年8月、カナダの韓国人北朝鮮民主化運動のグループに招かれてワシントンから飛んだ。百人あまりの聴衆で盛況だった。終わって、10人ぐらいの人が名刺をくれと私のもとにきた。
主催者から、カナダでも北朝鮮の工作員が暗躍しているから知らない人には名刺を渡さないようにと、あとで注意された。
電話の主は6歳のとき両親と北朝鮮に渡った。両親は死に、小学生の子供一人だけ連れて脱出し、密入国者として隠れている、といった。
私を招いた団体に事情をいって保護を求めたらどうかというと「あの中にも北の手先がいてすぐばれる」と、ひどく怯えている。「先生は日本人だから安心です」と。声には真実味があった。
12月半ばにワシントンに戻る、あなたと会ってくわしく話を聞き、私のできることをしたい、そのころを見計らってワシントンに電話がほしい、と伝えた。毎日待ったが、かかってこない。隠れているためこちらからはできない。なにかあったのだろうか。心を残しながら1月末また日本に戻った。
3月から6月までもう一度ワシントンに行く。こんどは私がカナダに飛んでその人を見つけだし、日本大使館とも折衝して何とかして日本に無事連れかえりたい。それまで無事に生きていてほしいと切に願っている。
(2003.02.19 民団新聞)