掲載日 : [2008-07-30] 照会数 : 5611
<女性コラム>三十路も悪くない
三十路に入り数年経つが、思っていたほど30代は悪くない。
先日母とソウルに行った時のこと。予約したホテルを探し、スーツケースをひきながら明洞の細い路地を歩いていた。季節外れの強い日差しにじんわり汗がにじみ、次第に無口になった時、ふと急に母が立ち止まった。
「ここだ…」。そう言って目の前に現れたのが目的のホテルだった。
聞けば昔、母がソウル大学の学生だったころ、このホテルに住む外国人の老婦人に英語を習っていたという。静かで上品な彼女が母は大好きで、毎回喜々とホテルに通っていた。
その後日本に戻り、結婚し子育てに追われる中ですっかり忘れていたあのころが、強い日差しの下で突如思い出されたそうだ。そんな話は全く知らず偶然にも私はそのホテルを予約していた。
現在は改装しすっかり様子は変わってしまったが、唯一変わらぬエントランスの石階段で記念撮影する母の笑顔はなんとも誇らしげに光り、その日は始終饒舌で2人とも夜遅くまで話した。
歳を重ねるたび、思い出はあちらこちらへ増えていく。意図せずにして出くわしたそれは、驚きと嬉しさと切なさで胸を熱くしてくれる。
考えてみたら私も方々に沢山の思い出を置いて来た。だからこそ、はしゃぐ母の横でともに喜べたのだと思う。
こうやってこれからも母娘で時々宝物を見つけては、笑いあっていけたら幸せだ。30代にはそんな楽しみが待っていた。
李慶姫(神奈川県・歯科医師)
(2008.7.30 民団新聞)