掲載日 : [2008-08-15] 照会数 : 10078
韓国の社会・経済の今と課題
[ 宗教団体が「牛肉集会」に参加、一部勢力の暴力的な扇動を抑えた ] [ 民主労働党などが主導した「牛肉集会」は連日、ソウル市庁前広場周辺を混乱に陥し入れた ]
成熟性と危うさが同居
建国60周年に向けて祝賀ムードが高まってしかるべき時期に、韓国は米国産牛肉の輸入再開問題に端を発した社会的・政治的な混乱に見舞われた。この顛末(てんまつ)には明らかに、韓国が抱える経済社会的な要因が色濃く投影している。韓国の「民心」はどこに向かっているのか。成熟しつつある市民意識のなかで、過激な左派勢力は孤立化を深めていくのか、あるいは再び共振し合うのか。
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ストライキ文化
労使紛争は減少…「牛肉集会」過激派を抑制
5月2日からの「牛肉集会」は、6月10日ソウルでの8万人をもってピークを迎え、潮が引くように終結へと向かった。終盤、いくつかの宗教団体が組織的に参加し、集会の意思を代弁しながら、一部の暴力的扇動を抑え込んだ。
「牛肉問題以外のローソクデモには参加しない」とした6月19日のソウル大学学生会声明は象徴的だった。米国産牛肉の輸入問題を他の政治問題に転化しようとする、反体制急進派と体制内左派の意図が遮断された。
民労総の中核をなす現代自動車労組は16日、執行部が提案したストライキについて組合員の全体投票を行い、否決した。同労組としては結成以来のことだ。これは、近年の労使紛争の減少傾向を反映している。労使紛争は2002年312件、03年320件、04年462件と増加したが、05年287件、06年258件、07年212件と減少に転じた。体制内最左派である民主労働党の分裂と退潮にも、これが影響している。
労働市場の流動性反映
6月24日に発表された韓国経済開発研究院の報告では、可処分所得における「中産層」の割合は、96年の68・45%から06年の58・47%へと減少し、富裕層は20・3%から23・59%に、貧困層は11・25%から17・84%に増加した。この格差拡大が牛肉騒動の開始と、その終結にも反映されている。
97年のIMF事態のショックで大企業は国内の設備投資を手控え、また構造調整の結果として非正規職による短期雇用に依存するようになった。実質的な失業率も増えた。当然、正規労働者たちはこうした流動的な労働市場における自分たちの優越的な地位を理解している。彼らは、そのために今回も自分たちの組織的抵抗を自制したと言えよう。しかし、果たしてそれだけが今回の事態終結の理由だろうか。
民労総執行部は、ローソク集会の退潮を目の前にして、7月5日の土曜日に大規模集会を計画したものの、ほぼ不発に終わった。60万人の組合員のうち、参加したのは全国で9万人にとどまった。7月18日に強行したデモでは、傘下の労働者を3500人しか動員できなかった。
覆面にヘルメット、鉄パイプで「武装」した一部過激派の暴力行為は、市民たちの非難の中で孤立を印象づけた。彼らは、近年の竜山米軍基地移転反対闘争では、最終段階でもおよそ8000人を結集していたのである。
牛肉集会は、跪く牛の写真を狂牛病と偽って放映したり、米国の公式文書「脳疾患による死者の調査」を「人間狂牛病による死者の調査」と意図的に誤訳したりするなどの情報操作で拡大した。
しかし根底には、韓米自由貿易協定など農産物の自由化に対する農民たちの不安が、そして民営化による労働強化を恐れる国・公営企業の労働者たちの意思が反映されていた。これらの人々の割合は、人口比率において15%ほどだ。これに、旧与党を継承する進歩主義勢力と過激派、さらに李明博政府の対北韓政策を生ぬるいとする極右政治勢力が加担した。
農産物の自由化と国・公営企業の民営化については、国鉄民営化反対闘争や成田空港反対闘争など、過去の日本の事例が参考になる。
激しい抵抗の中で行われた段階的な農産物自由化は、日本の農業を崩壊させるとした当時の言説を否定する結果を残した。崩壊するどころか、技術革新とブランド化により、日本農家はかつてなく豊かになった。また、同様に激しい抵抗をうけた国鉄の民営化は、膨大な赤字を解消するばかりでなく、路線の充実とサービスの向上をもたらし、職員の就業環境と所得は著しく向上した。
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進歩派の限界
企業競争力を阻害
韓国のこの間の出来事は極左派や、また一部の極右の期待とは裏腹に、ひとつの政治的季節が終わったことを意味しているように映る。危うい時代の終焉にあたって、国家による法律外的な権力の発動が為されなかったことは重要である。
韓国の社会的統合力が、それだけ深まっていたことを意味するからだ。「誰にも支配されず、みずからが統治する」という民主主義的な統治理想に対して、理念のみならず、システムとしても現実の態様としても、韓国社会はさらに一歩前進していると見たい。
一連の事態はまた、進歩主義派にとって重大な反省の契機となるに違いない。統合民主党は、昨年の大統領選挙での大敗について十分な吟味をすることなく、登院拒否を続けながら「ローソク集会」の高揚によりかかり、劣勢を挽回しようとした。しかし、この期間のどの時点においても、支持率を上げることはできなかった。なぜなのか。
二つの点に限って考えてみよう。一つは、進歩主義勢力の反企業的体質である。市場における私企業は、効率を第一原理として利益を追求する私的営利集団だ。しかし、国家の富を創造し、国民に職場を提供するのは、現実には企業である。
規制強化が生んだ弊害
したがって、政府の仕事は私企業の公益性を高めながら、企業が生み出す富をもって、すべての国民に教育・医療・社会保障、および雇用における機会の均等を保障すべく運用することだ。
しかしながら、進歩と平等を標榜した前政権の運営者たちには、明らかに道徳的自己満足の思考が見られた。福祉政策は持続性のないバラマキに終わり、古い時代の独占禁止法を盾に企業活動への規制強化を続けた。景気は停滞し、所得格差は拡大した。
たとえば「出資制限法」において、前政権は時代のすう勢に無頓着であった。韓国の「出資制限法」は、大企業に所属する資産額2兆ウォン以上の企業31社について、グループの内外を問わず、他企業への出資を40%以内に制限している。中小企業分野への浸食を食い止め、企業の独占化を防ぐのが目的である。
独占禁止法の本来の趣旨は、大企業による国内市場の独占により、その価格操作で国民が貧困化し、また、独占大企業そのものが不当利益に慣れて国際的な競争力を喪失する、したがって国家の経済力そのものが没落する、そのような事態を避けるためのものだった。その論理は保護貿易の時代には適合していたが、貿易と資本の自由化という現状には適合しない。
現在の韓国大企業にとって、利益率が薄く労働集約的な中小企業分野に進出することは、かえって負担だ。また、あらゆる商品が国外から入ってくる現状では、独占的な価格操作は困難である。現在の韓国企業が市場の競争的環境から逃れるすべはない。
何より、世界中で大規模な企業統合が行われ、また、あらゆる企業が国際的な「敵対的買収」の脅威にさらされている。日本では、醤油会社までもが国際資本に買収される事態になっている。
副作用はあり得るにしても、投資の拡大を進めるために、また外国資本による買収に備えるためにも、従来の「出資制限」を一定限ゆるめる必要性がある。
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対北韓政策
李政府の「相互主義」揺り戻し織り込む
もう一つの、対北韓政策を検討してみよう。旧政権にはイデオロギー的にさまざまな要素が混在したが、主流の共通認識はいわゆる「先行的イニシアチブ」であった。
分断体制を能動的に克服するために韓国側がイニシアチブをとって接近し、北当局のために政策転換が可能な環境を創造すること、改革開放への物質的なチャンスを提供することで南北の融和を進め、自主的統一への足場を固めること、であった。「関与政策」である。
しかし、10年前に5億㌦の裏金提供からはじまったこのプロジェクトは、速度を上げ過ぎて軌道をはずれ、別の意図をもつ政治勢力の浸食により本来の目標から遠ざかった。その間北当局は、体制の破綻を怖れて政策転換を拒み、核武装を進めながら取るものだけ取り続けるハリネズミ戦術を徹底した。その帰結として、国民の頭越しに「10・4」南北首脳宣言という独断専行をもって旧政権の企画は頓挫した。南側の単純な善意をもってしてはいかんともし難いほどに、北権力の病弊が深刻な水準だったということでもある。
代案として国民に選択されたものが、新たな関与政策として李明博大統領の掲げた「相互主義」であった。原理としての対北相互主義は、「与えるべきものは与え、求めるべきことは求める」、そして相互の共存と共栄を期するものだ。
閉塞した北韓当局に対して、人民の福利を無視し続ける保身的な甘えは許さないということでもある。旧政権の対応が北当局にとって都合のよいものであっただけに、目下の北韓権力の体質からして一定期間の揺り戻しは避けがたい。
ただ、歴史における過去の意味を決定するのは、現在である以上に未来である。民族再統合というこの長いストーリーが大団円を迎えるとすれば、すべてのプロセスが不可欠な試行錯誤だったということになるはずだ。過去の政権の努力が全く負の遺産になるかどうかは、将来に向けた現在の政権の原則性と国民の努力とにかかっている。これは韓国の歴代政権すべてに言えることだ。
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高い対外依存
恐い産業の空洞化
ここで、韓国経済の現状と問題点について考えたい。韓国は、OECD加盟国の中では異常に貿易依存度が高い。韓国統計庁の報告では、米国の貿易依存度は1997年に19・13%、2006年に22・33%。これに対し、韓国のそれは97年に54・37%、06年に71・54%である(貿易依存度/輸出額+輸入額を国内総生産GDPで割ったもの)。
韓国の貿易依存度は、同じく貿易立国を旨とする日本に比べても倍近い。米国や日本は国内需要だけでも経済を維持できるのに対し、韓国経済は国際的な経済環境にほぼ決定的に動かされる。国内需要の基盤となる社会資本が依然として虚弱であり、内陸都市を含む地方の空間が経済的な活力を失っているのだ。しかも、輸出オンリーの韓国は、中国の規模の経済と日本の質の経済とにはさまれて独自性を失いつつある。一方、「産業の空洞化」も進んでいる。
日本では以前から、工場の海外移転や直接投資のため、企業の利益が国内の雇用拡大に結びついていない。現在の日本企業は空前の黒字といわれながら、国内の設備投資や雇用がいっこうに進まないのだ。これが、派遣社員など非正規職の拡大による雇用不安につながっている。日本の社会保障制度に陰がさしているのは、少子高齢化もさることながら、青壮年層の雇用が縮小し、不安定なためである。
経済学的には産業の空洞化が途上国への機会移転の現象であるにしても、韓国はその円満な克服によって、70年代のNIES登場以来担い続けてきた国際経済秩序の建設的再編という、歴史的使命を遂行しなければならないだろう。
60年代に徒手空拳で輸出主導型の経済建設に挑んで成功を収めた韓国にとって、進行中の産業の空洞化は、ますます大きな影響をもたらすものと考えられる。輸出振興と並行して、国内社会基盤の再強化による内需振興を模索すべき時に来ている。韓国は、まだ「土木の時代」を卒業していない。
再び論議も大運河構想
「大運河構想」はいずれまた、論議の対象に浮上する可能性を否定できない。公共土木事業を通じた官民癒着の弊害などという政治的次元とは別の問題である。
1929年の世界大恐慌に際し、ニューディール政策を取り入れたアメリカは、大規模な土木事業で社会基盤を強化しながら大量失業者を吸収し、有効需要を創出して発展の足場を固めた。その政策は実際には、政府の大規模な経済介入に違憲性があって議会の承認が得られず、バラバラな単一企画として個別に実施されたものだった。
日本には北海道から九州まで堅実な地方都市の配列があるのに比べ、韓国はソウル‐釜山の二極体制と言ってよい。しかも、首都に国民の5人に1人が集まっている。産業空洞化が進展すれば、厳しい結果を覚悟しなければならない。地方経済は衰え、所得格差は急速に拡大するであろう。
航空機・列車・トラックなどに比べ、大量輸送では船舶輸送が圧倒的に優越している。トラックに依存した韓国の国内輸送体制は限界に達した。傾斜の少ない韓国特有の河川は有効な運輸手段として見直すことができるはずだ。また、内陸地方都市の社会基盤を強化して流通に結びつけ、地域経済の充実を図らねばならない。何より危険水位にある大量失業者を再生産体系に吸収して需要を拡大するために、果断な政策が求められている。
「大運河構想」について、現実的な選択肢として真摯に検討が必要とされるゆえんである。現在の土木技術においては、自然破壊や汚染は十分に回避できる。
(2008.8.15 民団新聞)