掲載日 : [2008-10-22] 照会数 : 5492
<寄稿>「韓宗碩さんを想う」指紋押捺撤廃闘争を牽引
朴容福
80年代の指紋押捺制度撤廃闘争の先駆けとなり、外国人登録法の不当性を告発するため最高裁まで争った韓宗碩さんを追悼する市民集会が11月2日、午後2時から東京・千代田区の在日韓国YMCA会館9階ホール(JR水道橋徒歩6分)で開かれる。集会に先立って、韓さんと共に闘った呼びかけ人を代表して朴容福さんが韓さんの思い出を寄せた。
指紋制度が完全撤廃された2000年4月1日。その日の記念集会で、私は見知らぬ母娘に声をかけられたことを思い出す。その母娘は、集会の主催者の一人だった私にこのように話しかけてくれた。
「今日は皆さんにお礼が言いたくて集会に参加しました。皆さんのご苦労のおかげでこの娘は指紋を押さずに生きていけます。ほんとうにありがとうございました」と。
傍らには満面に笑みを浮かべた娘が立っていた。恐縮しながら「ありがとうございます。でも、この闘いはすべてあの方から始まったのですよ」。そう言って私は隣にいた韓宗碩さんを指さした。
指紋押捺拒否者、韓さんの闘いを「たった一人の反乱」と多くが言った。「反乱」は20年の歳月を経たのち、目の前に立つ少女の溢れんばかりの笑みのなかで成就し、いたるところ数知れぬ在日の子どもたちを解き放つことになった。
それから8年が過ぎた。私たちも年を重ね、そして指紋制度を知らない子どもたちが育った。指紋拒否の闘いは、在日による自己解放の闘いだった。そして完璧な勝利を手中に収めた特筆すべき闘いだった。その闘いの端緒を切り開いた人が、韓さんだった。
その韓さんが、残念なことに本年7月24日、呼吸不全のため東京・町田市の病院で逝去された。82年の生涯だった。「熱気に満ちた反乱の時代」を切り開いてくれた韓さん、私たちは韓さんの逝去を心より悼みたい。そして、感謝の気持ちを表したい。その思いをいつにして「韓宗碩さん追悼の集い」を催します。どうかご参加下さい。
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11月2日に追悼集会 在日韓国YMCA
映画、講演など
集会では映画監督の呉徳洙さんの映像記録をもとに「韓さんの闘いの軌跡」を振り返る。またフリーランスライターの佐藤文明さんが「韓さんの思想と行動」について語る。このほか、オペラ歌手の田月仙さんによる追悼の歌、およびかつての指紋押捺拒否者たちのリレートークなど。参加費1000円。
(2008.10.22 民団新聞)