掲載日 : [2008-11-27] 照会数 : 6610
私たちオンマハッキョの生徒…日本の母4人夢実る
[ 監訳の堀千穂子さん ]
[ (左から)小川雍子さん、小椋初実さん、竹内厚子さん、広瀬薫さん
]
韓国の「子育て」書 翻訳・出版
「共通の悩み」に共感
原書と苦闘1年 次は続編を
横浜の韓国語教室で学ぶ40代から60代の4人の日本人主婦たちが、韓国で2006年9月に出版され、7万部のベストセラーとなった徐亨淑著「オンマハッキョ」(お母さんの学校)の翻訳を手がけた。07年3月から1年におよぶ翻訳作業を経て先月、日本語版が「つげ書房新社」から刊行された。「生徒たちは皆、最後まで訳し終えた、読めたという達成感と満足感で一杯でした」と話すのは、同教室講師で監訳にあたった堀千穂子さん(56)だ。生徒たちの熱意、同書の魅力などを聞いた。
最高齢は68歳 集中と努力で
「彼女たちの本の余白は、書き込みで真っ黒です。本当に頭が下がるくらいに一生懸命やりました」。堀千穂子さんが驚くほどの集中力と努力で翻訳に取り組んだのは、横浜市在住の小川雍子さん(68)、小椋初実さん(50)、広瀬薫さん(50)、竹内厚子さん(48)の4人だ。それぞれの韓国語学習歴は、約6年から8年になる。
授業では、これまでに新聞記事や雑誌の切り抜きの翻訳などもしてきたが、まるごと1冊の翻訳は今回が初めて。
06年、堀さんは年末最後の授業で、来年はどんな勉強をしたいかを尋ねた。「本を読んでみたい」という積極的な生徒の意見に、韓国の友人に連絡。送ってもらった3冊の中に、徐亨淑さんの「オンマハッキョ」が入っていた。
4人は「やさしいオンマになること」「賢いオンマになること」などの4章からなるタイトルに惹かれ、同書を教材として使うことが決まった。
同書は、環境と命を守る目的の消費者運動を展開する団体「ハンサルリム」の役員などを務める徐さんが22年間の子育て体験をもとに、子育ての喜びや母親としての心構えなどを若いオンマたちに伝えようと、エピソードを交えながらまとめたもの。今年3月にはソウルに「オンマハッキョ」が設立され、子育てに悩む若い母親たちが訪れ、徐さんの講義を受けている。
1章ずつ担当 議論し合って
07年3月から始まった翻訳作業では4人が1章ずつ担当した。ただ、これまで授業でやった翻訳とは、文章の長さも分量も全く違う。最初は2時間の授業を教科書学習と翻訳作業に充てたが、間もなく教科書の出番はなくなったという。
「読んでは訳すの繰り返しでした。自分たちが苦労しながら辞書を引いて、分からないことや習っていないことは、教室で解決していきました」
竹内さんは「辞書を引きながらの作業はぎこちない直訳となり、それを著者の言葉として読みやすく置き換えるのが、語学力のない私としては大変だった」と話す。また小椋さんは「韓国の風習や文化を知らないために、辞書だけでは解決できないことがたくさんありました」と振り返る。
授業では自分の担当したパートを声を出しながら訳し、皆で意味不明なところや言葉の表現、言い回しを決めていった。ときにはもっと自然な表現にしたいと思う気持ちが、空回りしたことも。「もともと和気あいあいの仲間でしたが、訳をめぐって議論になり、声が大きくなることもありました。でもそのことをきっかけに、言いたいことが言える関係になりました」という広瀬さんの話から、真剣に取り組んできた様子が伝わる。
翻訳を始めた当初は原書を読んで、意味が分かっていく楽しみが大きかった。次第に韓日の子育て論議になり、いつしか自分の子育てと比較したりと、興味は広がっていった。「孫の世話にも参加しているので、内容がとても参考になった」と話すのは小川さんだ。
読んでみたい一心から
「読ませたい」になって
堀さんは「最初は読んでみたいということだけでしたが、翻訳を終えたときに日本のオモニたちにも読ませたい。本にできたら」という4人の気持ちの変化を指摘する。
今年3月、堀さんは韓国の出版社と徐さんに自分たちの思いを告げるために訪韓した。徐さんらは「日本のオンマたちが一生懸命訳してくれたことがありがたい」と出版を快諾。海外では台湾に続く翻訳本となった。先月、ほやほやの同書を手にした。「皆感激でした。家族も激励の言葉をかけてくれたようです」
「徐さんはヨガ、歌、裁縫、絵、陶芸教室はあっても、オモニになるための教室がないと話しています。子どもを生んだからオンマにはなるけど、そこからですよね。今まで体験したことのないことを、追いつめられて悩んでいる。子どもを虐待したり痛ましい事件を聞いたりするたびに、そばで誰かが一言でも声をかけてあげたら違ったんじゃないかと思うことはあります」。韓国と日本、共通する点は多い。
今後、徐さんを日本に招き講演会を開きたいというのが堀さんの夢だ。「日本の若い母親ばかりではなく、在日特有の問題を抱える若いオモニたちにも聞いてほしい」
堀さんは高校時代の親友から卒業後、在日だと告白された経験を持つ。韓国語を学ぶ大きなきっかけになった。また1年間の語学留学で知り合った在日韓国人から、韓日の狭間で生きる在日の辛く複雑な思いを聞いた。現在は同人誌「鳳仙花」の副編集長も務める堀さんは、在日が抱える独自の問題も理解している。
今月から4人は同書の後続本「オンマの資格が必要です」の翻訳に入った。これは若いオンマたちから出た質問に徐さんが答えるものだ。
堀さんは「徐さんの2冊目も訳したいと手が上がりました。皆、オンマハッキョの生徒になっていますね」と微笑む。
◇
徐亨淑著「オンマハッキョ」
定価1700円(税別)
つげ書房新社(℡03・3818・9270)。
(2008.11.26 民団新聞)