掲載日 : [2009-07-01] 照会数 : 5647
サラムサラン<7> アロー、アロー
英国でよく視聴する番組に、BBC(英国放送公社)が放送する「アロー、アロー」というコメディーがある。もとは20年近く前に製作された番組だが、日曜の昼に再放送を繰り返している。
舞台は、ナチス占領下のフランスのカフェ。主人のルネには妻もいるが、美人ウェイトレスとのランデブーもちゃっかりお楽しみ。ナチスの将校連中も常連客だが、老母のベッドの下には無線機が隠されていて、ロンドンとの間に秘密の通信が交わされる。レジスタンスの連絡員や英国空軍兵士、また冷酷なゲシュタポも登場し、店にはさまざまな人生模様が交錯する。
こう書くとシリアスドラマのようだが、これは徹底したコメディーであり、政治的緊張を背景に、店の混乱ぶりと主人公たちの動揺がギャグとして描かれる。ルネは慌てふためきながら小市民としての日々をなんとか生きる。ナチスの将校ですら、上官の命令に怯え、なかにはルネに色目を使うそちら系の御仁もいたりして、強面というより、弱さ剥き出しのおかしくも哀しい人間像なのだ。
英国人のユーモア好きは有名だが、それにしても厄介な時代と場所を選び、お笑い番組にしたものだ。放送界出身の私としては、驚き、感心することしきりである。考えてもみるがいい。同じようなことを、韓国や中国を舞台にコメディーとして番組が作りえるだろうか。日帝時代の「京城」(ソウル)の食堂に、愛想のいい主人やチマ・チョゴリの似合う美人従業員がいて、総督府の役人や日本の軍人の目を盗んで、北間島の抵抗組織につながる民族主義者や上海臨時政府が派遣した連絡員も現れる…。
スリリングな設定にわくわくしないでもないが、どうひっくり返っても、これがコメディーにはならないだろう。日本だけでなく、韓国、中国ともに、とかく目を吊り上げ、口角泡を吹き飛ばす沸騰型の気質が色濃く血の中にある。
文化の差と言ってしまえばそれまでだが、この「アロー、アロー」は英国では本放送がとうに終了しているにもかかわらず、近年欧州各地で人気が高まり、各国語で放送されている。最後まで放送がタブーだったドイツでも、ついに放送が始まった。こうなると、笑いに対する感覚だけでなく、第2次大戦の過去と向き合う意識や姿勢とも関係があるような気がする。
東アジアにいつか「アロー、アロー」のようなコメディーが現れる日がくるだろうか‐。抱腹絶倒のシーンに口元を緩めながら、私はどこか心淋しいような気持を抑えられないのである。
多胡 吉郎
(2009.7.1 民団新聞)