掲載日 : [2009-08-26] 照会数 : 5481
<布帳馬車>「心をつくる秋のはつ風」と総選挙
「おしなべて物をおもわぬ人にさえ心をつくる秋のはつ風」(西行)。
高い空に鰯雲が広がりはじめ、陽射しは強いものの涼やかな風に出会うようになった。秋の到来を感じさせる風はもの寂しい。「あき風は自分自身に逢いに行く」(津沢マサ子)。あの時代、あの時の自分を思い出させるからだろう。
うるさい油蝉にかわって心地よい蜩(ひぐらし)のカナカナが響き始めるなか、これをかき消すように宣伝カーの絶叫が続く。「今まではただ、耳障りなだけだった。今回は支援候補者の声の調子や沿道の反応がすごく気になる」。焼き鳥の串を爪楊枝代わりに、隣りに赤ら顔でこう語りかける民団支部の役員(2世、64歳)がいた。
首筋を爽やかな風がなでる頃、そんな彼も必ず青春時代の淡い恋を思い出すという。相手は高校時代のクラスメート。ある政党の支援に熱心で、社会人となった彼のもとを訪れ、候補者のポスター貼り出しと投票を依頼した。会いたいと胸を焦がしていた可憐な彼女の願いにも彼は俯いたまま、「ポスターはちょっと…」と言うのが精一杯だった。日本人然と生活する自分が、実は選挙権のない立場にあるなどと告白できず、韓国人が選挙ポスターを貼り出せば法に引っかかるとも思い込んでいたからだという。
恋心なぞあったのかと思える飲兵衛さんは「彼女の戸惑った顔、今もはっきり覚えているよ」と苦笑し、「若い者たちに自分と同じ情けない思いはさせたくない」と言い「な〜んてネ」とがらにもなく照れた。(D)
(2009.8.26 民団新聞)