掲載日 : [2009-10-15] 照会数 : 5938
サラムサラン<12> コピージュセヨ!
初めて韓国を訪ねたのは1979年だったが、玄界灘を越えただけでコーヒーがあまりにも違うことに驚いた。街の喫茶店でもまだインスタントが殆どで、しかも砂糖とクリームをたっぷり加えるので、非甘党の私には甘ったるい妙な飲料にしか感じられなかった。
だがその後韓国に通ううちに、いつしか韓国式コーヒーに舌が馴染み、激辛料理の後で喫しては、これぞ韓国料理の仕上げの定番と堪能するようになった。日本の味とは違っても、韓国ではこれが美味なのだと、辛さの余韻に甘さが融け合う至福に酔い痴れた。
最近になって、韓国行きがまた増えているが、コーヒーに関しては淋しい思いをしている。国の発展とグローバル化の中で、韓国でもスターバックスなど「国際規格」が大流行、コーヒーが「洗練」されてしまって、昔懐かしき味に出会えないのだ。
韓国の知り合いから、昔の味は「タバン・コピー」というのだと聞いた。「タバン」は「茶房」で喫茶店のことだが、今ではコーヒーショップなどと横文字が使われて、従来の美しい名は旧文化に追いやられてしまった。また、「チャパンギ・コピー」=「自販機コーヒー」と呼ぶとも聞いた。なるほど、駅やバスターミナルに置いてある自販機でなら、昔風のインスタント・コーヒーが数百ウォンで買える。以来、地下鉄を待つ間に、ついつい自販機に向かうのが癖になってしまった。
若い韓国人と一緒だと、彼らは必ずスタバや類似のコーヒーショップに向かう。自販機の10倍もする値段で、幾種類ものコーヒーが売られている。席料込みで、何時間居坐ってもいいのだと聞いても、食事代を超えかねないコーヒーに私は馴染めず、何かが間違っているような気になる。
韓国の女性編集者との話し合いの際に、骨董街の仁寺洞にある民芸調のコーヒー店に案内された。「珈琲」と漢字で綴りたくなる落ち着いた雰囲気が好ましく、朝鮮風の焼き物でいただくコーヒーは、ことのほか風味豊かに感じた。意外にも、若いカップルが何組もいた。だが、どのカップルも韓国語での支払いに戸惑っている。実は皆、日本からの旅行者だった。店はガイドブックにも載る「観光名所」だったのだ。
一椀のコーヒーにも時代を汲んだ変化がある。だが、韓国人が「coffee」を「コピー」と力を込めて発音するのは変わらない。力んだ独特の呼び方からして、既に堂々たる「韓国文化」である。されば、どのような店であれ、私も声を張り上げよう。「コピージュセヨ(コーヒー下さい)!」‐。
多胡 吉郎
(2009.10.14 民団新聞)