父が生前に言い残した「箴言」を、今も時々思い返すときがある。その言葉は祖父母の教えに根ざしたものなのか。慶尚南道から渡日してから味わった苦労がもたらしたものなのか、ほんとうのところは分からない。しかし、現在にも通じるものがあるようだ。
「子どもにはいいものでなくても、腹いっぱい食べさせないとあかん。ひもじい思いをさせると、外で悪さをする」と。私自身はごちそうを食べたという記憶はないが、お釜には麦ご飯がいつもあって、縁側にはふかしたサツマイモがたくさん入ったザルが置いてあった。その影響なのか、今はサツマイモを食べたいとは思わない。麦ご飯は見ただけで食欲が減退する。
結婚して子育てをするときになって、父はまた、私に言い聞かせていた。「子どもは叩くな。言い聞かせればよい。叩くと萎縮して、のびのび育たない」と。私も子どもにおもちゃを渡すときは、できうる限り大きい物を買い与えた。
父は5歳のとき、祖母らと祖父を頼って渡日した。祖父は奈良県および大阪府に流れる大和川河川工事に従事した。京都市立東和小学校から高等小学校に進んで、卒業後は旋盤工として働き、戦時中は日本の戦闘機の部品を作っていた。その後は日本の会社で定年退職まで働いた。日本社会で通名で生きてきたものの、家には本名の表札をかけていた。京都府南部の小さな田舎町で暮らしたが、本名の表札は民族のプライドだったのだろうか。
その父も13年前に亡くなった。テレビで映し出す腹をすかせた北韓の子どもたちを見るたび、あの父の言葉がまたよみがえってくる。(Y)
(2012.2.8 民団新聞)