目に余る「韓国否定」扇動
政治利用許すな…負のスパイラルを断とう
セウォル号沈没惨事から1カ月を迎える韓国は、社会全体が罪責感に打ちひしがれたまま、うつ病状態にあるといっても過言ではない。レジャー・飲食・買い物など民間消費が落ち込み、回復傾向にあった経済への影響も深刻に憂慮されるほどだ。今年の成長率は、サッカーW杯ブラジル大会や仁川アジア大会など景気押し上げ要因を織り込んでも、当初予想の4・2%を0・3ポイント押し下げるとの見通しさえある。
沿海旅客船としては大型なだけにさほど深刻な被害にはなるまいとの切望も空しく、瞬く間に大惨事へと変質していく過程を人々はリアルタイムで目撃した。しかもこれが、避けるのが難しい「事故」などではなく、国と社会の積弊を温床とする人災がリンクした業務上過失致死・遺棄致死事件であることを同時進行で思い知らされた。
犠牲者や行方不明者の無念、その家族たちの悲憤、救助された乗客たちに残る心の傷、これらを癒すことに比べようがないとしても、惨事を共同体験した人々が悲しみや怒り、その後を襲う無力感から脱するのは容易でない。
しかし、経済を沈滞させるほどの心理状態に手をこまぬけば、国民の社会生活全般に負のスパイラル現象を招きかねず、大規模な惨事を再び呼び込む可能性さえふくらむ。国そのものが沈みかねない。
政府は沈没惨事の原因糾明、責任追及の徹底を図るとともに、鉄道・航空機・船舶など交通機関、危険な建築物、化学物質を扱う事業所、子どもの遊び場や簡易宿泊所など不特定多数が利用する施設を対象に安全点検に着手した。一方で、庶民経済を下支えする7800億円規模の緊急対策を発表した。
社会活動の委縮を防ぐために、当面予想し得る危険・危機を取り除く手立ては相次いで打たれねばならない。それには当然のこと、各政策を遂行する公職者の綱紀粛正がともなう。朴槿恵大統領は「国民から信頼されない公務員には存在理由がない。ポスト維持に汲々として周りの顔色をうかがうだけの公務員は必ず追い出す」と強い決意を表明している。
公共交通機関や施設の安全性を総点検するだけでなく、既成の行政システムの不具合を早期に補正し、なおかつマンパワーの十全な発揮を期すことが求められているのだ。防災・救難を専門とする強力なコントロールタワーの設立にも動き出した。「人災韓国」から「安全韓国」への国家規模での改造プロジェクトも提起されている。
しかし、これらを上滑りさせることなくより効果的に推進し、4・16惨事を歴史的転換点とするためには、体制の整備や引き締めだけでは限界がある。なによりもまず「日常」を取り戻さねばならない。公職者と一般市民とを問わず、生活共同体としての国・社会に対する責任意識の向上が期されねばならない。これが実にやっかいである。
「姉さん、そして兄さん。もう二度とこんな国に生まれないでください」「世界で最も気の狂った国・大韓民国。君たちはこの気が狂った国の犠牲者だ」。追悼施設に設けられたポストイット・ボードにはこの種のメモが少なくない。「汚い大韓民国」といった文言も散見される。
日本の嫌韓論者も青ざめそうなこれら罵りは、単なる情動(比較的急速に引き起こされた一時的で急激な喜怒哀楽の感情的な動き)のなせる業なのか。それとも、同調を得やすい状況にあることをよいことに、特定の政治的主張を刷り込むサブリミナル効果を期待したものなのか。
明確な政治的背景を有する言説であれば、いかなる勢力によるものか絞り込みやすく、対処もしやすい。より注意すべきはむしろ情動による場合である。公職者社会を含む各界各層に散在する正体や動向をつかみにくい不特定多数の、情緒・意識の表出と見なさねばならないからだ。いずれにせよこれらを、惨事に対する悲憤とそこから来る公権力への一時的な不信の表れと軽視するわけにはいかない。
韓国を根底から否定するそれは、生活共同体としての国・社会に対する責任意識を蝕まずにはおかない。国の屋台骨が骨粗鬆症(こつそしょうしょう)に冒されていることをセウォル号惨事は浮き彫りにした。その症状は建国以来の歴史的で、根源的な葛藤の所産と言うべきそうした情緒・意識と無縁ではない。そこを根本から治癒できなければ、「安全韓国」への国家的改造も不発に終わるだろう。
従北勢力の攻勢明らか
屋台骨再構築へカギ握る386世代
セウォル号沈没惨事の渦中であるにもかかわらず、いや、だからこそと言うべきか、犠牲者家族に寄り添う風を装いながら、来る6月4日の統一地方選挙を有利に運ぶことと、現政府を無力化することに焦点を合わせた政治策動がはびこっている。
急造グループデモの正体は
朴槿恵大統領が不明者家族の待機する珍島の体育館を訪れた際(4月17日)、「家族代表」として司会まで務めた男が実は不明者の家族ではなく、統一地方選挙に野党・新政治民主連合から出馬する予定だったことが判明した。
これなどは小ずるさの極みであり、応分の政治的・社会的制裁を受ければ忘れ去られる類のものであろう。問題なのは組織的かつ大規模に、反政府どころか反韓国の格好の材料に仕立て上げようとする勢力の存在だ。
最も多くの犠牲者を出した檀園高校がある京畿道安山市の合同焼香所に、黒い服を着て顔にはマスク、頭には黄色いハンカチの女性100人ほどが集団で押しかけた。プラカードには「無能な政府OUT。許せない、みんな街に出よう」「朴槿恵は責任を取れ」などとあり、メンバーの一人は「手紙」を読み上げ、「人殺しは船長だけではない。会社だけでもない。海洋警察だけでもない。これらすべての責任を取るべきは政府だ」と涙ながらに訴えた。
彼女らは4・16後にインターネット上で急造された「お母さんの黄色いハンカチ」を名乗るグループで、少なくとも公にされた16人の運営者に犠牲者家族は確認されていない。北韓に従属するいわゆる従北勢力の巣窟・反国家団体として、憲法裁判所による「違憲政党解散審判」に付された統合進歩党(以下、統進党)のメンバーが共同代表や運営者になっていることが分かっている。
韓国の労働団体で最左翼に位置して統進党の最有力支持母体であり、世界でも有数の戦闘性で知られる全国民主労働組合総連盟(以下、民主労総)は、沈没現場に近い珍島彭木港で、「深い悲しみを乗り越え怒りなさい」「こんな大統領は必要ない」などと書いたビラをばらまいた。統進党とともに「黄色いハンカチ」のような「市民」団体などを立ち上げ、各地で追悼の場を反政府の場に変えようと画策している。
教育現場での全教組の洗脳
この民主労総の主要加盟団体である全国教職員労働組合(以下、全教組)はホームページに載せた「セウォル号追悼動画」で、犠牲になった高校生たちを4・19革命(60年)の導火線となった金朱烈君、6・10民主化抗争(87年)の起爆剤になった朴鍾君になぞらえた。
「君たちはもしかすると、頭と目に催涙弾が刺さって水葬され、馬山埠頭に浮かび上がった金朱烈かも知れない。李承晩政権がしたことだ。君たちは治安本部対共捜査団南営洞の分室で、髪をつかまれ水槽拷問で死んだ朴鍾かも知れない。全斗煥政権がしたことだ」
動画はこう始まり、「この国はもう国家ではない。朴槿恵政権の無能による他殺だ」と煽り立てる。
全教組は終始一貫して児童・生徒、そして保護者たちの意識下に「韓国は誕生してはならなかった国」「韓国は存在してはならない国」だと植え付けてきた。北韓は抗日独立運動を継承する統一勢力がつくった《善の国》であるのに対し、韓国は米国と親日・保守の分断勢力がつくった《悪の国》という図式である。
全教組は退潮傾向にあるとはいえ、なお根強い力を持つ。政治的主張を前面に立てる統進党や民主労総とは違い、表面化しにくい教育現場での洗脳が主力だけに影響は地味ながらも大きい。また、統進党や民主労総はそれでも社会的な評価にさらされるのに反し、学校・教室という保護膜の下にある全教祖は別な意味で悪質と言える。
左派的情緒を今も引きずり
犠牲者を追悼するポストイット・ボードに貼り出された「世界で最も気の狂った国」「汚い大韓民国」といった文言は、従北勢力の影響が社会全域に浸透してきた現実を映していると見ないわけにはいかない。韓国にとってより深刻なのは、国や社会の中枢の今現在を担う世代がそれを引きずっていることだろう。
北韓の主体思想を抵抗なく受け入れたとされる386世代(90年代に30代となり、80年代に学生運動に参与した60年代生まれ)がそうだ。彼らが金大中・盧武鉉両政府の10年間(98〜08年)に強力な政治集団に成長し、盧武鉉時代には大統領府にまで大挙進出した。
盧武鉉大統領が就任演説(03年2月)で「正義が敗北し、機会主義者が勢いを得る屈折した風土は清算されねばならない」と強調したのはあまりに有名だ。386世代の心情を代弁するかのように、最高指導者自らが自国を根底から否定したのである。
04年にはそうした思念を盛り込んだ高校生用の近現代史教科書が検定を経て発刊された。北韓の土地改革や親日派清算を高く評価し、《ウリ式社会主義》を「創造的な活動で自らの運命を開拓する『朝鮮民族第一主義』」だと持ち上げる半面、李承晩政権は米国に隷属して反共政策を親日派処理よりも優先し、朴正熙政権の開発政策は「各種機械や技術を日本から導入し、工場を日本資本で建設するのにともない、韓国経済は米国ばかりか日本にも隷属するようになった」とこきおろしている。
こうした虚構の論理を拡散させた386世代の多くが50代になった。国会議員や公安機関を含む高級公務員、判事・弁護士など法曹界、新聞・テレビなど言論機関、映画や舞台など文化芸能界、市民運動や労組など在野団体まで、幅広い領域に根を張っている。
今ではさすがに北韓信奉者は少数派となり、3代世襲や核兵器開発、天安艦爆沈や延坪島無差別砲撃などの軍事挑発には批判的な立場をとるようになったと言われる。それでも、学生時代に培った反米・反韓・親北の左派的情緒から抜け出せていないという。
理念的な集団意識は薄まっても、現実的な利害関係によって結束しているというのが専門家のほぼ一致した見解だ。彼らには、主思派学生運動の経歴と人脈で出世した以上、立場をあからさまにかえることは自己崩壊につながるとの思いがあるらしい。
綱紀粛正の声官僚に念仏か
ここでいったん視点を変える。次に見る事例は職責に反してでも身内保護と利権の維持・獲得には熱心な公職者のサンプルだろう。
セウォル号惨事に関連する海運汚職を捜査中の釜山地方検察庁特別捜査チームは、船舶の安全検査を行う韓国船級協会に対する捜査情報を海洋警察の担当者に流したとして、同チーム所属の捜査官を立件し、この捜査官から受け取った情報を船級協会の法務チーム長に伝えた海洋警察警視の身柄を拘束した。
犠牲者家族を中心に真相糾明の要求が頂点に達しているだけでなく、朴大統領が綱紀粛正の号令を発したばかりである。惨事の痛みを最も強く受けとめるべき責任当事者のこの期に及んでの悪あがきには言葉を失う。事故の再発防止努力を妨げるにとどまらず、「汚い大韓民国」という言葉に勢いを与えることにしかならない。
視点を戻す。386世代を問題視するからと言って、こうした諸悪の根源を彼らに帰結させ、公職者や企業幹部一般の不義・不正を中和したいのではない。各分野で中枢・実権を握る世代が建国以来の現代史を否定的にとらえたままか、もしくはそれを清算できていない影響は、国・社会の筋力を弛緩させるところとなり、韓国にとって不幸の極みだと言いたいのである。
386世代は本来であれば、問題意識と行動力に優れた文句なしのエリート集団であり得た。各界で重きを成す集団が自分自身や仲間とその周辺以外に信をおかず、生活共同体のために一身をかえりみず責任を全うするモラルから遠ざかったままでは、国や社会の屋台骨はぐらつくほかない。
OECD(経済協力開発機構)はこのほど、加盟国を中心とする36カ国の「2014よりよい人生指数」を発表し、「政府に対する信頼は、社会統合や(国民の)福祉・安寧のために必須」とした上で、「韓国ではわずか23%の国民しか政府を信頼していない」と指摘した。調査対象国では29位で、OECD平均の39%には遠く及ばない。
成功の歴史を共有してこそ
国の運営がこのままでいいわけがない。国家的規模での改造は不可避だ。これについての国民的な合意はすでに整ったと見ていい。政府に対する信頼度の低さは、社会力の動員によって補うことができる。国民意識の形成に「政治的運命の共有化」は不可欠だ。「安全韓国」への渇望はそれを担保するだろう。そこにもう一つ、歴史観の共有が加わればいっそう厚みを増すはずだ。
紆余曲折が多く政治的争乱が絶えなかったにもかかわらず、第2次世界大戦後の独立国で、産業化と民主化を成し遂げ、世界で確固たる地位を築いたのが韓国だ。しかも、民族分断の重荷を背負い、6・25韓国戦争で国土を焦土とされた負荷を克服してのことである。
国と社会の屋台骨を再構築するには、この成功の歴史に対する自負心を共有し、そこから国と社会を捉え直すことが起点になる。カギを握る386世代こそその先頭に立つべきだ。
(2014.5.14 民団新聞)