寄稿 森 幸子
製造者責任を自問…「反ヘイト出版会」立ち上げ
今年の2月中旬。「書店の棚がひどいことになっている。ごく普通の書店の棚が〞ヘイト本〟で埋まっている。でも書店ばかりが責められるのも違うと思う。僕ら出版社の側がそういう本を作って書店に送り込んでいるのだから」。友人の編集者の話がきっかけになった。朝日新聞に「売れるから『嫌中憎韓』 書店に専用棚/週刊誌、何度も扱う」という記事が掲載された数日後のことだった。
私はその記事を見逃していた。いつも利用する駅ビルの書店を回ってみると、たしかに友人の言ったとおり、民族的憎悪や国家間対立をいたずらに煽る、驚くようなタイトルの書籍が歴史、国際関係、ノンフィクション、ベストセラーと、いくつもの棚に並んでいる。週刊誌の電車の中吊り広告を眺めれば、他国をけなして愛国心を満たすようなドギツイ見出しが躍る。
「嫌韓嫌中」の空気が圧力を増しているのは感じていた。が、事態ははるかに深く進行し、出版業界がこの状況に大きく関与していることがいたたまれなかった。
「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」(以下、反ヘイト出版会)は3月中旬、フェイスブックページを立ち上げたことからスタートする。
大手から中小までの様々な出版社の編集・営業、フリーの編集者、書店員など、30〜40代中心の約20人。先の友人が発起人となって知り合いに声をかけたり、フェイスブックなどを通じてつながったりしたメンバーだ。出版業界内部にもこの状況をおかしいと思っている人が多いことを示し、内部から歯止めをかけたいとの思いで、とにもかくにもスタートを切ることにした。
フェイスブックを開設して早くも「いいね!」が多数寄せられたことに手応えをつかんだものの、出版物ならではの難しさがあることも当初から議論になった。ひとつは、東京の新大久保、大阪の鶴橋などで行われていたヘイトデモや、サッカー場の「JAPANESE ONLY」などのように、誰もが明らかに「ヘイトスピーチ」とわかる言説とは違って、出版物の場合、「ヘイト」かどうかを明確に線引きしにくいということ。
他国の政治、経済、社会の論評や歴史書の体裁をとっていたり、愛国を謳う本であったりする。ヘイトスピーチ現象の根底にある歴史修正主義の問題をも当然視野に入れたいが、そうすると「ヘイト本」の厳密な定義が難しくなる〓〓ということだ。
もうひとつは、出版社の社員であることと、「反対する」という姿勢の折り合いだ。各自がヘイト本を作らないようにしたり、ヘイトに対抗する本を作ったりすることは、個々の会社や編集者にできる。けれど、その努力だけで現在の流れを止めることは難しい。出版社が韓国や中国へのバッシング本を大量生産するのは、それが確実に売れるジャンルになっているから。
◆反対するより解毒への道を
そういう商業的動機や、出版特有の構造的な背景がわかるからこそ、単に「反対」ではなく問題を「解毒」する道が必要に思えた。ヘイト本は、イデオロギー上の対立だけから生まれているわけではなく、各社が「やめられなく」なっているのだ。だからこそ、「こんなことを続けていていいの?」と内側から訴えることに意味があると思われた。
こうして手探りしている折に、河出書房新社で「今、この国を考える=『嫌』でもなく、『呆』でもなく」という選書フェアが企画され、すぐさま全国の100店を超える書店から申込みがあったというニュースは、私たちにとっても大きな励みになった。それとも呼応しつつ、私たちは会社横断的なネットワークである利点を活かそうと考えた。
業界関係の賛同者を募り、そして日本出版労働組合連合会(出版労連)と共催のシンポジウム「『嫌中憎韓』本とヘイトスピーチ=出版物の『製造者責任』を考える」の準備を進めた。書店員の率直な声をつかむために、アンケート調査にも取り組むことにした。
7月4日のシンポジウム(出版労連会議室、東京・文京区)当日、予想を超える110人の参加があり、立ち見が出るほど大盛況だった。講師は、関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺事件の現場を歩き、当時の目撃証言や警察の証言などを丹念に調査・取材した『九月、東京の路上で』(ころから刊)の著者・加藤直樹さん。
加藤さんが虐殺事件に関心をよせるきっかけになったのが、2000年4月の石原慎太郎都知事(当時)のいわゆる「三国人発言」だ。行政の長が流言飛語を垂れ流し、ジェノサイドを誘発する危険性に衝撃を受ける。それから13年後、生まれ育った新宿・大久保の街にヘイトデモの「朝鮮人殺せ」の罵声がくり返し押し寄せるようになったとき、関東大震災時の虐殺と現在が結びついたという。
また、加藤さんの調べによると、『夕刊フジ』のメーン見出し143日分(2013年10月〜14年3月)のうち、韓国・中国関連が実に約80%(韓国だけでも約50%)を占め、ニュース性に関係なく「嫌韓嫌中」が娯楽として消費されている実態が示された。
一方、韓国の大型書店では、日本・国際・経済・歴史・ベストセラーなどの棚に、いわゆる「反日」的な書名はほとんど見当たらないことが写真を示して報告され、この対比にフロアからも驚きと「恥ずかしい」との声が相次いだ。
◆売れ筋なので複雑な書店側
さらに、反ヘイト出版会が行った書店員アンケート調査の結果から、「棚が嫌韓嫌中本でいっぱいになることに危惧を覚えるが、売れ筋である以上並べないわけにはいかない。できるだけ冷静に判断してもらえるよう、バランスをとるのが精一杯」という書店員の複雑な思いが報告される。
ディスカッションでは、書店員・元週刊誌編集長・新聞記者・フリー編集者・弁護士など、さまざまな立場からの真摯な発言があり、氾濫する「嫌韓嫌中」本への危機意識と同時に、表現の自由との問題、そして出版に携わる者としての「製造者責任」をどう考えるか、参加者全員で共有する絶好の機会となった。 現在、反ヘイト出版会フェイスブックの「いいね!」(購読者)は2500人、賛同者は700人を超える。好評だったシンポジウムの書籍化が決定し、10月初旬の刊行にむけて本作りが進行中だ(ころから刊)。
また、出版と同時に、本の街・神保町での取り組みも探っている。7月24日、国連人権規約委員会が日本政府に対し、ヘイトデモの禁止や犯罪者の処罰等を勧告したことで、ヘイトスピーチ規制への機運が高まりつつある。しかし、たとえ法規制が実現したとしても、「嫌韓嫌中」本はその範疇で捉えきれない領域を抱えている。あらゆるところからの対抗のひとつとして、私たち反ヘイト出版会は業界内部から声を上げつづけていきたいと思う。
(「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」事務局)
(2014.8.15 民団新聞)