2000年のことです。わたしはまだ作家デビューする前でしたが、アジアの児童文学を話し合う会議に参加しました。そこでは日本の先輩作家たちが、熱心に訴えていました。
「韓国の絵本が、ようやく日本で出版されるようになりました。でも、かなり苦戦しています。なかなか書店に置いてもらえていません」
「この絵本だって『韓国の絵本なんて売れない』と、いくつもの出版社に断られました。何とか出してもらったので、せめて初版だけでも売り切らないと。みなさんのお力をお貸しください!」
まさにそのときの絵本が、今回紹介する『こいぬのうんち』(原題 )なのです。わたしが生まれてはじめて出あった韓国絵本でした。すぐにその場で30冊を注文し、一生懸命に売ったことを今でもはっきり覚えています。
ところがこの絵本は、「韓国の絵本なんて売れない」と冷ややかに見ていた人たちの予想を大きく裏切り、朗読CDやアニメ化されたDVDが発売されるまでの大ヒット絵本となりました。おかげでその後は、先を争うかのように韓国絵本が出版されていったのでした。
日本における韓流ブームのきっかけは、2003年にNHKで放映された「冬のソナタ」といわれています。でもすでに、韓国絵本ブームがはじまっていたことを記憶しておいてください。そしてその陰には、多くの日本の方たちの努力があったことも忘れないでください。
ところで、日本の児童文学者たちが、この本の出版に向けて奔走したのには理由がありました。物語を書いたクォン・ジョンセン先生は、1937年に東京の貧民街で生まれ、1946年に帰国しました。日本との係わりが深い作家なのです。
日本にいた頃、ジョンセン少年は、父親がお金に換えるために拾ってきた古本のなかから絵本や童話を探しだし、ひたすら読みふけりました。そのなかに宮沢賢治の本もあり、賢治を尊敬するようになります。やがて宮沢賢治と並び称されるほどの、韓国を代表する児童文学作家となったのでした。
もうひとつは、この絵本が韓国の絵本のなかでも特別な存在だからです。この絵本のもととなったのは、1969年に「第1回キリスト教児童文学賞」を受賞した30枚程度の短編童話でした。1996年に絵本として新しく生まれ変わります。それまで韓国では、絵本といえば欧米の翻訳ものばかり。金髪に青い瞳の王子とお姫さまがでてくるもの‐としか考えなかった人びとの認識をも変えたのです。そうです。韓国の絵本は、『こいぬのうんち』で変わったといっても過言ではありません。
物語の主人公は子イヌのうんち。韓国でイヌのうんちといえば、何の役にも立たない物のたとえとして、しばしばことわざにも登場します。ぼくはきたないうんちだったんだ。だれの役にも立たないんだ……。自らの存在価値を見いだせなかったうんちが、生きる意味を知る物語です。
目立たないものや、弱いものに対する優しさがこめられたこの名作は、日本、ポーランド、スイス、台湾、中国で翻訳出版されています。
キム・ファン(絵本作家)
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プロフィール
キム・ファン 1960年京都市生まれ。絵本作家、児童文学作家。作品に『サクラ‐日本から韓国へと渡ったゾウたちの物語』(第1回子どものための感動ノンフィクション大賞最優秀作品/学研教育出版)、『きせきの海をうめたてないで!』(童心社)、韓国で『巣箱』(第4回CJ絵本賞)、『人間の古くからの友だち‐イヌ』(文化体育教育部優秀教養図書)など、韓日で多数。
(2014.11.5 民団新聞)