前回に引き続き、クォン・ユンドクの作品を紹介しましょう。今回は 『しろいは うさぎ』という絵本です。済州島の人びとによって歌い継がれてきた言葉遊びの歌に感動した作者が、いくつかの歌をもとにつくりあげました。
済州島に暮らす幼い女の子が主人公。女の子は、海女のオンマが仕事からもどってくるのをひとりで待っています。溶岩でつくられた石垣のうえにクモがいるのを見つけると、
♪ シリドンドン
コミドンドン ♪
と唄いだします。「シリドンドン コミドンドン」とは、クモが糸にゆらりとぶら下がっている様子を表現した済州島の方言です。
「ゆらぁりゆらぁりは クモの巣だね
クモの巣は 白い
白いは ウサギ
ウサギは 飛ぶよ
飛ぶのは カラス
カラスは 黒い」
どんどん言葉遊びの歌は続いていきます。そして女の子はウサギと一緒にカラスの背なかに乗って、島中の空を飛びまわるのです。 やがて、歌は終わりへと向かいます。
「海は 深い
深いは
母さんの心だね」
歌を締めくくる最後の言葉は、思わず胸がキュンとなってしまいますね。
でも……。はじめて読んだときは、「アッパだって負けていないんだけどなぁ」と思ってしまいました。だって絵本のどこにも、まったくアッパがでてこなかったのですから。
しかし絵本を何度か読みかえすうちに、どこにも描かれていないはずなのに、どこかにアッパがいるように感じてきました。小さく描かれた土が丸く盛られたお墓や、黒い岩山のやさしい表情などから、女の子を見守っているアッパの存在を感じるのです。
むかし済州島では、男が漁にでて命を落とし、女と子どもだけで暮らすことも多かったといいます。クォン・ユンドクは、原書に寄せたあとがき(日本語版にはない)で、つぎのように語っています。
「わたしはこの本を描きながら、悲しみを学んだ。
履物をはいて家をでていく子どもを見ているところから(絵本のはじめの方の絵のことをいっているようだ。キム訳注)、悲しみが染みてきた。だから、むしろ宝石のように美しく描きたかった。あまりにも悲しいのに、悲しくないように描く方法を学んだ。
済州島には女神がたくさんいる。オンマが辛くて寂しい人生を地面のくぼみのなかに置いておいて、人と自然を抱きかかえて笑っている。わたしはそのなかに、大きな女神を見た」
よきアッパ、愛する夫を亡くした悲しみをただ悲しく伝えるなら誰にでもできます。作者は女の子とオンマの悲しみを、まったく正反対であるぬくもりのある絵で描ききりました。
女の子のいう「深いは 母さんの心だね」という最後の言葉の裏にはきっと、ひとりで育ててくれているオンマへの強い感謝の気持ちがこめられているのでしょう。
この絵本は、教科書に収録されただけでなく、お話と歌と踊りで構成された、子ども向けコンサートにもなって各地で上演されました。済州島に伝わってきた言葉遊びの歌は、全国の子どもたちが知る歌となったのです。
キム・ファン(絵本作家)
(2015.3.25 民団新聞)