盧幸一(民団東京・監察委員)
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不正輸入事件
実情の一端 露呈…朝鮮籍、既に4万人以下?
朝鮮総連(以下、総連)の許宗萬議長、南昇祐副議長の自宅などが家宅捜索を受け、世間の注目を集めた北韓産マツタケの不正輸入事件で、韓国籍の貿易会社社長ら2人が逮捕されたのは3月のことだった。総連トップまでが関与したとされる犯罪行為に、なぜ韓国籍の人物がかかわっているのか。
民団や韓国に痛手となる深刻な問題であるだけに憤然とした団員は多く、「組織的な<偽装>も 許せない『獅子身中の虫』」と指摘する「民論団論」(4月8日付)の掲載以降、民団はこの種の問題にどう対処するのか、団員たちの問いかけが続いた。
団員の声はこう集約できよう。「北韓・総連がらみの犯罪行為に韓国籍者がかかわった事例は過去にも何度かあり、おそらく今後も絶えることはない。『総連の活動家でありながら韓国籍である者』の存在に対して、民団と韓国はもっと敏感になるべきだ。直接被害を受ける民団は、その問題性を告発し続ける責任がある」。
総連に属す韓国籍者はどれほどの数になるのか、正確なデータなどあるはずもない。だが、ある程度は推定できる。結論から言って、朝鮮籍者を上回る可能性も否定できない水準にあると見なければならない。
日本当局は現在、韓国・朝鮮籍の合計人数を発表するだけで、その内訳は公表していない。1970年の国会答弁で「一番最近の数字」として韓国籍が「約32万余」、朝鮮籍が「29万」と明らかにしたのが最後である。
2002年に金正日が日本人拉致を認めて以降、韓国籍あるいは日本国籍を取得する朝鮮籍同胞が急増した。民団組織局は現在の朝鮮籍同胞数を多く見ても4万人以下と推定している。ただし、朝鮮籍者のすべてが総連の構成員ではないことは念頭におきたい。
総連消息筋たちの見解を総合すれば、何らかのかたちで総連につながる同胞は8万人前後、小学校から大学校まで総連傘下の学校に在籍する児童・生徒・学生は約7500人と推定される。
朝鮮学校在籍者 韓国籍が5割超
ここで重要なのは、比較的に実態をつかみやすい学校在籍者の内訳だろう。学校は総連の要(かなめ)であり、鎹(かすがい)だ。保護者は総連同胞のなかでも組織に忠実な部分と言われている。
その在籍者のうち韓国籍子弟が5割を超えたと言われて久しいことを考えれば、総連に属す韓国籍同胞は4万人以上との数字が導き出される。推定に推定を重ねる不確かさなどを勘案しても、驚くほどの数であることに間違いはない。
かつての日本社会は、韓国と北韓の区別がよくできず民団と総連の違いにもうとかった。だが、北韓による数々の国家犯罪があばかれ、そのなかでも日本にかかわりの深い拉致事件が公然化して以来、北韓‐総連の主従関係がより明確に意識されるようになった。民団と総連の立場・路線の違いに対する理解も深まったように思える。
それは少なくとも、韓国の立場に立つ民団の主体は韓国籍者であり、北韓を支持する総連の主体は朝鮮籍者であるとのイメージを広げることになった。それだけに、総連関連の犯罪で韓国籍者が逮捕された事実は、日本社会に奇異に受けとられたはずである。
本来であれば民団の構成員である韓国籍者が、総連でも過半を占めるとなれば、民団と総連は事実上、韓国籍者を共通の組織基盤にしていることになる。理念や路線の違いは際立っていても、民団と総連の垣根は傍目には低く映るほかなく、日本社会の民団に対する視線をゆがませることになりかねない。
これだけでも民団にとっては負担である。しかし、それ以上に問題なのは、総連内の韓国籍者によって、北韓の指示によって動く総連と韓国内の従北・親北勢力との連携が緊密に維持されていることだ。これは、北韓が過去一貫して追求してきた統一戦線方式による対韓、対民団工作のテコになっている。
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組織的〞偽装〟
窮余の法が一転…法及ばぬ特異な存在に
総連組織のなかで今もっとも活発とされるのは、今年9月の結成20周年をひかえ、「1万人ネットワーク」の構築に向け追い込みに入っている青商会(在日本朝鮮青年商工会)だ。この青商会が4月、20周年記念事業の一環として51人からなる金日成生日祝賀代表団を平壌におくった。そのなかの20余人が韓国籍者という。
韓国には「南北交流協力に関する法律」がある。在外国民が北韓を訪問する場合、出発3日前までに、または帰還後10日以内に、在外公館の長に申告しなければならないと規定し、罰則も設けている。青商会の20余人は申告しないまま無断で北韓を訪問したことが明らかになっており、当然処罰の対象になる。
だが、日本に居住する彼らをとがめる手段はない。韓国政府発行のパスポートをもつ総連の韓国籍者は、何の制約もなく韓国に出入りでき、なおかつ、北韓とも行き来できる特異な位置にあるのだ。もちろん、「在外国民」として民団団員と同等の立場で韓国の国会議員選挙、大統領選挙に投票できる。
総連の中核をなす活動家であれば、北韓に滞在する間、工作機関からそれなりの教育・指示を受ける。北韓当局と総連の間をつなぐだけでなく、韓国で接触する従北・親北勢力と北韓・総連を連携させる媒介としても無視できない。
韓国の法秩序にあけすけな挑戦
そのような存在を、私たちは放置したままでいいのだろうか。言うまでもなく総連は、韓国にとって反国家団体である。その活動家が韓国籍だというだけで、韓国の旅券を所持できるだけでも問題なのに、北韓を無断訪問するなど法律を犯しても処罰されないとなれば国の法秩序が問われよう。
法的な不備があるのであれば、関連法律の改正や補完を急ぐべきだ。同時に、旅券の回収や更新不可の措置をとるなど現行法を最大限活用すべきだろう。民団には手の届かない問題であり、政府が厳しく対応する必要がある。
総連はかつて、傘下同胞が韓国籍を取得することを裏切りとみなし、徹底阻止に動いた。民団が1975年から実施した「朝総連傘下同胞墓参団事業」には累計で4万5000人を超す総連同胞が参加し、この多くが韓国籍への切り替えに動いた。総連は省墓団への参加予定者を監禁し、集団暴行を加えるだけでなく、空港に活動家を張り付け、拉致する暴挙もいとわなかった。
総連同胞の韓国籍あるいは日本籍取得が目立ち始めたのは、社会主義諸国の崩壊や東西ドイツの統一によって東西冷戦に終止符が打たれる一方、北韓による核兵器・ミサイル開発の強行とその犠牲としての大量餓死の実態があらわになった1990年代半ばからだ。
その勢いがさらに増したのは、北韓への送金マシーンであった朝銀信用組合が相次いで破たんした90年代後半から、北韓による日本人拉致事件が公然化した02年あたりからである。「祖国=共和国」や総連に対する失望は憤りに変わっていた。総連にこれを押しとどめる力はとうに失われており、組織防衛の立場からも韓国籍の取得を許容するほかなくなった。
しかし、北韓=総連はこの苦境を逆手にとるしたたかさを見せた。韓国籍者を許容することで組織の間口と活動範囲を広げただけではない。対韓・対日工作の効率を上げるために、総連活動家の韓国籍取得を組織的に進めたのである。
90年代前半まで、朝鮮籍の総連同胞が韓国籍に切り替え、韓国の旅券を取得するにあたっては、民団が身元を確認・保証する仕組みがあった。しかし、韓国の法律が改定され、民団の保証を経ることなく個々人の申請で可能になった。チェック機能が働かなくなったのだ。それが、韓国籍への切り替えが増える時期と重なっていたのは皮肉である。
民団は、朝鮮籍から韓国籍に切り替えたから、あるいは総連に在籍していたからという理由で、当該同胞に疑念の目を向けるわけにはいかない。また、自らの衷情から韓国籍を得た同胞がほとんどだった時代と、その後の「偽装転向」が多いと言われる時代とで、当該同胞をあれこれと仕分けることもすべきではない。
それだけに民団は、韓国の旅券を所持しながら総連による犯罪行為にかかわるとか、青商会の20余人のように法的手続を経ずに北韓を訪問するとか、明確な根拠がある場合にはきちんと制裁を科すべきであり、そこから一歩進んで「偽装転向者」による反国家行為そのものを牽制していけるよう、韓国政府に訴える必要がある。
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朝鮮学校の要
対韓ロビー担う…公的支援引き出し狙い
総連は構成員の過半が韓国籍者であっても、中央委員のほとんどを朝鮮籍者で固めている。中枢に近づくほど韓国籍への壁は厚いようだ。そうした状況にもかかわらず、青商会の「代表団」51人のうち20余人が韓国籍だった意味は大きく、ここに改めて注目すべきだろう。
青商会の規約は、会員資格を29歳から40歳までとしているが、それを過ぎても資格延長は可能としており、40代半ばの幹部は少なくない。青商会メンバーは自らが総連の次代を担う世代であるだけでなく、総連の「生命線」である朝鮮学校に子弟を通わせる保護者の世代であり、教育資金面でも大きな存在感を示している。総連中央指導部が彼らをもっとも重要視し、その掌握と会員拡大に力を入れるのも当然だろう。
各級朝鮮学校の在籍者の5割強が韓国籍であることは前述した。総連はこれに重要な意味を持たせようとしている。韓国に一部とはいえ、朝鮮学校を支援する市民団体がある。最近では、この支援を政府レベルで行うべきだとする論議も公然化してきた。そこには、韓国籍の青商会幹部らを先頭に立てたロビー活動の影響も無視できない。
これまで見てきたような同胞の総連離れは、当然のこと、朝鮮学校離れに直結するものだった。この危機を突破すべく打ち出されたのが朝鮮高級学校への授業料無償化適用運動である。
しかし、これがやぶ蛇になった。密室とも言えた朝鮮学校に言論界と世間の視線が注がれ、異様な金王朝礼賛と偏向教育、北韓労働党の日本支部である総連による支配、非民主的な学校運営などの実態があからさまになったからだ。自治体による既存の公的助成までが次々に打ち切られるようになった。
朝鮮学校に突きつけられているのは、総連からの独立と民主的な運営、偏向教育の改善、教員の正規資格の取得などだ。学校がその要求に応じるには労働党と総連の支配からの脱却が前提となる。しかし、それは不可能と見るほかない。
幼稚園と初・中・高級学校の全教職員が強制加入する教職同(在日本朝鮮人教職員同盟)は、総連中央の下部団体であり、自ら「政治団体」「思想教育団体」であることを規約で明記している。学校が使用するすべての教科書は労働党の検閲と承認を得て、総連中央の教科書編纂委員会が作成・発行する。教育の基本は北韓の学校と異なるところがない。
「金王朝の望むとおりに動け」
保護者や教職員の一部には、教育内容や運営体系の見直しが不可避であるにもかかわらず、打開策を見いだせない総連中央への不満がくすぶっていた。金正恩への3代世襲が公然化してからはより顕著になった。これを押さえつけ、3代世襲を合理化する北韓思想を注入する先頭に立つのが教職同だ。
総連結成60周年に際し、金正恩は「総連と在日同胞」に書簡を寄せ、「総連は、すべての活動を徹頭徹尾、主席と総書記が意図し、望んでいたとおりに行い、総書記の遺訓を体して在日朝鮮人運動の新たな全盛期を開いていかなければならない」と強調した。許宗萬議長は、この書簡を高く掲げ、新たな転換を成し遂げようと呼びかけている。いかに不満があろうとも学校現場はこれに唱和するほかない。
各級朝鮮学校における韓国籍子弟の比率はさらに高まっていくであろう。総連の韓国籍活動者による保護者としての対韓ロビーも、強化されるに違いない。
だが、反国家団体が運営する北韓礼賛教育機関に、たとえわずかでも、韓国の公的資金が注入されるようなことがあってはならない。民団と韓国政府はむしろ、朝鮮学校の韓国籍保護者をして、学校と総連組織の改革に取り組むよう働きかけるべきだ。たとえ少しずつでも、穴を広げていかねばならない。
(2015.6.10 民団新聞)