なぜできる知らん顔
総連は弔い 北に泣訴せよ
石川県輪島市の沖合で先月20日、漂流する3隻の木造船と死後1カ月半から3カ月が経過したと見られる10人の遺体が発見された。10、11月の2カ月間で、北海道から福井県にかけての東海(日本海)沿岸に漂着した木造船は11隻、遺体は25人におよぶという。
船体に「朝鮮人民軍」「保衛部」などのハングル表記があり、その他の遺留品からも北韓の公的機関に所属する船であること、しかも、イカ漁に従事する漁船であることが確実視されている。
この2年間で175隻発見
日本沿岸ではこの2年間で、北韓の木造船が175隻も見つかっているとの報道もあった。船体だけの場合もあれば、痛ましい遺体とともに漂流・漂着することもある。また、遺体だけが流れ着く例も少なくない。生存者が発見されるのは例外に近いと言える。
こうしたケースで、いったいどれほどの人命が失われているのか。収容された遺体の統計は公にされていないが、参考になり得る事例がある。
北韓の民主化に取り組む韓国の市民団体が発行する「デイリーNK」(12年12月)によれば、咸鏡道の海岸警備を担当する「27旅団船舶哨所」が集計した「2012年失踪船舶統計資料」は、30隻余の小型漁船が沈没し、120人近くが死亡または失踪したとしている。
1隻につき平均4人以上は乗り組むと見られることから、この2年間に日本で発見された木造船だけに限っても、700人近くの死亡・失踪につながったと見てもいいのではないか。
この推算に格別な意味を持たせるつもりはないが、かなりの犠牲者が出ていること、その相当数が海の藻屑となっていることが分かる。表現するのも憚れるほどの無残な遺体であれ、発見されるだけでもまだ救われるような現実が広がる。
小型木造漁船による夜間操業は、フル装備でも危険なのに、ほとんどの漁船がレーダーやGPSを搭載していない。ばかりか、小型ラジオを持つことも禁止されている。気象情報を適時入手することもかなわず、エンジンも小さく燃料も十分でないとなれば、悪天候にまともな対応ができるはずもない。
朝鮮中央通信によれば、金正恩は先月の23日と25日、水産事業所を視察した際、「軍の水産部門が響かせる大漁の汽笛は、一般の水産部門を奮起させる原動力だ」と称え、軍が先頭に立って漁獲量の増大に努めるよう激励したという。おびただしい犠牲も眼中にはないということだ。
この原稿を書き終えようとした6日、青森県下北半島の西端の漁港で、北韓のものと思われる木造漁船1隻と4人の遺体が発見された。痛ましい犠牲に終わりが見えない。
北韓住民の死はそれが飢餓であれ、収容所での虐待や拷問によるものであれ、私たちにとって「生身の人間」を感じることのない、「いつもの情報」になりがちだ。しかし、日本に漂流・漂着する北韓漁民の無残な遺体は、私たちの目の前に、北韓の現実を突きつけずにはおかない。
総連は今年、結成60周年を華々しく祝った。青商会(在日朝鮮青年商工会)も「北、南、海外コリアンとの交流の場を設け、祖国の統一と繁栄に寄与」することなどを掲げ、若者ならではの活動を展開している。だが、遺体が相次いで漂着する現実には知らんぷりを決め込んでいるようだ。
「共和国」支持で一貫しながら、都合の悪い事案については「自分たちは自分たち」などと距離をおく立場に平然と乗り移る。総連幹部の皆さんに、「あなた方は人格の統一ができていますか」と根源的な問いを投げつけたくなる。
改革・開放を要求せよと言うのではない。悲惨な遺体の漂着に涙する心があるならば、せめては犠牲者をきちんと弔うべきであり、北韓当局にはその惨たらしさを率直に告げ、漁労の安全確保を泣訴すべきだ。
尹相久(64)
埼玉県・語学講師
(2015.12.9 民団新聞)