掲載日 : [2016-06-22] 照会数 : 16379
<記者座談会>ヘイトスピーチ対策法 どう働かせるか
[ 川崎市中原区のヘイトデモを中止に追い込んだ市民ら(6月5日) ] [ 渋谷駅前のヘイト街宣(6月9日) ]
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抑止へ効果早くも
「市民力」のバックボーンに
A 今月3日に施行されたヘイトスピーチ対策法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)は、具体的な禁止規定や罰則のない、いわゆる理念法ながら、一定の抑止効果を見せ始めたと評価されている。来月1日には大阪市で、ヘイトスピーチの抑止に向けた全国初の条例も施行される。抑止から根絶へ、力のある流れをつくり出せるのか。
B 川崎市の在日同胞集住地域での街宣を禁じた横浜地裁川崎支部の仮処分決定(2日)は、成立したばかりの対策法を引用したうえで、違法性の著しいヘイトデモについて「憲法が定める集会や表現の自由の保障の範囲外」とまで切り込んだ。警察庁は法施行に合わせた各都道府県警への通達で、現行法を駆使してヘイトデモに厳しく対処するよう求めた。名誉毀損や侮辱、暴行、道交法違反などの罪に当たる行為を確認した場合、現行犯で取り締まる。流れを作るべく動き始めたのは間違いない。
C 川崎支部の仮処分決定について、法務省の幹部らも裁判所が強い憤りを示したものと受けとめているようだ。対策法が裁判所や自治体、警察の厳格な対応を後押しすることへの期待はふくらむ。だが、言論・表現の自由との兼ね合いで線引きが難しい問題だけに、混乱やちぐはぐな対応は長引きそうだ。
D 対策法が施行されて最初の日曜日だった5日、川崎市中原区で「川崎発!日本浄化デモ第三弾!」という名のヘイトデモが行われるはずだったが、周知のように、約20人のデモ隊は600人以上の市民に包囲され、10㍍も進めず中止に追い込まれた。デモ主催者が警察の説得に応じる形だった。対策法の精神が働いた印象がある。
B 対策法は「人権教育と人権啓発などを通じて、国民に周知を図り、その理解と協力を得つつ、不当な差別的言動の解消に向けた取組を推進」するとしている。カウンターたちにとってこれは強力なバックボーンだ。「表現の自由」を守るとの立場から、ヘイトデモをカウンターから保護してきた警察の姿勢も変化せざるを得まい。
C 川崎市中原区のデモは対策法が施行された当日に、県公安委員会と県警が「要件を満たしている」として許可していた。だから、県警にはカウンターを徹底規制してもデモを保護する責務があった。それができなかったのは、路上に座り込んだカウンターを排除するのが困難だったとか、「不測の事態」を恐れたからだとかだけではあるまい。600人を超すカウンターの対策法に裏打ちされた強固な意志が体現した、「国民の力」というものを、無視できなかったのではないか。
D このデモ中止について本紙(8日付)は、「市民力『対策法』動かす」と報じ、これが全国への模範例になってくれればという期待を込めた。だけど、実際はそう簡単ではない。対策法は国にヘイトスピーチ解消の責務を、自治体には努力義務を課していて、具体策の多くを自治体に丸投げしたかっこうだが、その自治体には、かなりの温度差がある。
共生掲げ実績残す川崎市ゆえの側面
B その点、川崎市の場合は被害当事者が決然と闘う姿勢を見せ、支援グループが行政を動かしただけでなく、福田紀彦市長が「不当な差別的言動から市民の尊厳と安全を守る」姿勢を鮮明にし、市議団も一致結束した。外国人市民との共生をいち早く掲げ、実績を積んできたことが大きい。
C 枝葉のことかも知れないが、ヘイトデモの集会場所やデモコースの形状とか、デモ側とカウンター側の力関係などによっても展開は違ってくるだろう。中原区でのデモの場合、阻止線を張りやすい形状にあったのに加え、何よりもカウンター側とデモ隊の力関係が30対1と圧倒していたことも大きな要因のはずだ。いつでも、どこででも「中原方式」が可能ということにはならない。
D 中原区のデモが中止になった同じ日、東京都渋谷区ではデモ隊を上回るカウンターが詰めかけ、路上に座り込むなど騒然とするなか、ヘイトデモが行われた。デモ主催側も対策法を意識してか、プラカードの文言を事前にチェックし、参加者に「差別発言や暴力行為をやめるよう」訴えるなどして「自粛」気味だったことも、警視庁の対応に影響したようだ。
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街宣は「自粛」装う
個別の抗議 続ける必要
B ところで、報道によれば渋谷の雑踏警備で何かと話題になる「DJポリス」がカウンター側に「危険行為はやめてください」と訴える一方で、デモ側には「不当な差別的言動のない社会が実現されるようなデモをお願いします」と呼びかけていたという。こういうところにも対策法の影響がある。
C 対策法の成立から施行までの中間にあたる5月29日、名古屋市と福岡市でヘイトデモがあった。双方とも朝鮮学校への補助金廃止を掲げたが、名古屋のデモはカウンターが抗議するなか、「朝鮮人は土下座しろ」などの侮蔑発言を繰り返しながら最後までいった。ただ、愛知県警はこれまでと違って、カウンターにではなくデモ隊に顔を向けて警備していた。福岡の場合は突如中止になって、「日本人に嫌がらせしてんのは朝鮮人だからな!」「韓国人、朝鮮人は出て行ってください!」といった発言を県警が咎めたとの情報が拡散したが、真相は分かっていない。
D いずれにせよ当面、地域によって対応が分かれそうだ。名古屋デモの翌日、愛知県の大村秀章知事はヘイトスピーチを行う団体への対応を問われて、「申請があれば(県施設の使用を)許可しない」と言明したのに対し、同じ日の記者会見で河村たかし名古屋市長は、「何をしてもいいというわけではないが、表現の自由も大事」だとして、要件を満たしていれば施設利用の許可を出す意向に変わりがないとしている。その名古屋市も対策づくりに動き出したが。
A 今のところ、市民の力によって自治体を動かし、警察には厳格な対応を促しながら、ヘイトデモの個々の動きを一つひとつ潰していく努力を緩めるわけにはいかない。当分の間、モグラ叩きを続ける覚悟が必要だ。
B そのモグラも、やすやすとは叩かれないよう巧妙に姿を変えようとしている。街宣広場とも呼ばれる渋谷駅ハチ公口前で9日、「ヘイトスピーチ解消法悪用を許すな!緊急国民行動」というのがあった。「在日外国人だけが一方的に優遇される」「嘘つきを『嘘つき』というだけでもヘイトか」などのプラカードや日章旗を持った人たちがいて、街宣車は「外国人のうち、ある民族のほとんどが国民保険料を払っていない。このような者たちに当たり前のことを言って何が悪いのか」と言い、「拉致」云々という言葉を挟み込む。根拠もなく「ある民族」が不正を働いているかのように印象づけ、「拉致」という文言によって「ある民族」を特定させようとする。なかなか狡猾だ。
C 5日の渋谷でのヘイトデモは、日本共産党に対する非難が中心で、排外主義や人種差別の露骨な言説は影を潜めている。この19日の銀座でのヘイトデモは、いわゆる在特会関係者が主催したものだが、「日本大使館前売春婦像撤去要求デモin帝都」と銘打たれていて、行進の際には「日韓断交」「我々は日本の名誉を守るために戦うぞ」などと叫んでいた。「日本人拉致」「朝鮮学校補助金」のほかに、「従軍慰安婦」「独島領有」など韓日間の懸案に対する政治的主張をメーンに掲げて、ヘイトスピーチを滑り込ませるいやらしい手法が広がるだろう。
カウンター叩きに警戒を怠らぬよう
D そういうことは織り込み済みだ、と言って様子見を続けるわけにはいかない。ヘイトデモに対する線引きが難しくなるなかで、うかうかすればカウンター側の動きも制約されよう。一部メディアは「ヘイトデモは許されないが、反対する人たちも冷静に対応できないのだろうか」とか、「大声でいがみ合っていて怖い」といった住民や通行人の「声」をクローズアップしている。そればかりか、「集団同士のこういった対立は、互いに自分は正しく相手は百パーセント悪いと思うようになり、攻撃性を強める」などとヘイトデモ側とカウンターを同列に置こうとする。どっちもどっちという印象づけをしながら、カウンター叩きにも熱を入れ始めた。
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急がれるネット対応
デマや噂へ反証活動を
A ヘイトスピーチが日本でまかり通る背景について、大きく二つの見方があると思う。一つは、グローバル化と経済の長期低落にともなう社会の流動化によって、寄る辺なき不安をかかえた若者がそれを他者への憎悪に転嫁させているというもの。もう一つは、経済規模で日本を抜き軍拡も目覚ましい中国、歴史認識問題などで日本と摩擦の絶えない韓国、この韓日中3国が複雑に絡み合う東アジアの地政学的構造が在日に対する歪んだ意識を生んだというものだ。この二つの条件が解消される展望はない。ヘイトスピーチの土壌は厚く、対策法をより効果あらしめるための努力は怠れない。
B 民団は人権擁護委員会を中心に、自治体における条例づくりのほか、在日同胞の歴史に対する認識の深化、差別を許さない人権教育の普及を求めていく方針だ。対策法の施行で自治体には努力義務が課されていることを念頭に、9月議会に向けて働きかけを強めるとしている。
C 大阪市のヘイトスピーチ抑止に向けた全国初の条例が来月から施行される。この条例には対策法と違って、被害者救済のための措置が盛り込まれた。市に被害の申し立てがあれば、専門家で構成する審査会がヘイトスピーチに該当するかどうかを調査する。その対象にはネット上の差別的な書き込みも含まれた。答申を受けた市長が「該当する」と判断すれば、その内容と団体・個人名が市のホームページに公表される。ヘイトデモ側には施設利用などで打撃になるだろう。実効性が証明されれば他の自治体への波及効果も大きいはずだ。
D 対策法は国と自治体に、「差別的言動を解消するための教育活動を実施する」よう求めている。息の長い取組は肝心だが、もう少し即効性もほしい。大阪市の条例にはまがりなりにもネット上の差別をけん制する要素がある。対策法が付帯決議には盛り込んだネット上の差別扇動の解消に向けた取組を前倒しできないものか。
毅然とした対応はJリーグに習おう
B 思い切った措置をとったのはJリーグだ。サポーターによる人種差別の続発に危機感を強め、スタジアムでの問題行動をできるだけ早く把握するために、ネット上の書き込みなどのチェックを徹底した。問題が瞬く間に拡散する最近の傾向を逆利用して、試合終了までに問題サポーターを特定し、事情を聴き、無期限入場禁止にしたこともある。Jリーグと一般社会を同じく見るわけにはいかないが、学んでいい事例だろう。
C 「在日排斥」「嫌韓」といった憎悪言説の発信源は右派論壇だ。それを刺激的に加工して広めるネット右翼は、200万人前後と言われる。その受け手が重宝しているものに「まとめサイト」がある。広告収入を増やすためにアクセスを集めねばならず、そのためには過激な編集をする。新聞を読まない若者だけでなく、政治家までアクセスする始末だ。
D ネット言説が政治の場に持ち込まれることは珍しくないが、最近またひどいのがあった。都知事候補として一時浮上した民進党の蓮舫代表代行について、自民党の衆院議員が党の会合で、「五輪に反対で、『日本人に帰化したことが悔しくて悲しくて泣いた』と自らのブログに書いている。そのような方を選ぶ都民はいない」と発言したことだ。蓮舫氏のブログであるはずもなく、ネットで流されていたデマだったことが確認されている。
スペインの取組は「反うわさ戦略」
B 米国ではネット上のうわさやデマを検証し、ユーザーと対話していくことをマスメディアの新たな責務とする論議が盛んだ。日本のメディアもその方面により本腰を入れてほしい。
C EU(欧州連合)離脱か残留かで揺れる英国では「移民は恩恵だけ受けている」との思い込みが離脱派には強いという。スペインでも「移民のせいで医療費が膨らんだ」「外国人が公営住宅に優先的に入居している」といったうわさが広がっている。日本のヘイトスピーチと類似する。スペインでは反証データに基づく「反うわさ戦略」が新旧住民の摩擦をかなり防いできた。市民1200人が「反うわさエージェント」として養成され、活躍しているという。
D 人権教育を重視する対策法の理念からも、その手法は日本に導入されてしかるべきだ。ヘイトスピーチ側が巧妙化すれば、カウンター側にも間接的アプローチも求められる。法務省、自治体、市民団体が連携すれば早期実施も可能だろう。
A 対策法ができたことで、ヘイト団体側には民事訴訟のリスクも高まった。表立った攻撃性を薄め、陰湿化してくるだろう。ヘイトデモに対する直接行動だけでなく、日常的なソフト戦略が求められる。
(2016.6.22 民団新聞)