掲載日 : [2017-05-10] 照会数 : 5734
訪ねてみたい韓国の駅<2>嶺東線 正東津
[ ホームのすぐ下は砂浜。ソウルから列車一本で行ける ] [ 開業以来の駅舎はギャラリーに。日の出時刻も掲示されている ]
海にいちばん近い駅
目を覚ますと、波の音が聞こえた。窓の外はまだ暗い。
「この列車の終着駅、正東津駅に到着です……」
ソウルから夜行で
車内放送に促され、眠い目をこすって列車から降りる。ソウルの清凉里駅から、夜行列車の「ムグンファ号」に揺られること約5時間。今は、朝の4時半だ。ここは、江原道江陵市の正東津(チョンドンジン)駅。ホームのすぐ下は砂浜で、韓国で最も海に近い駅として知られている。
駅舎の前には、今日の日の出時刻が掲示されている。韓国と日本に時差はないが、東京よりも西にあるため日の出時刻は遅い。今の季節なら、5時15分頃だ。列車から降りた乗客や、車で訪れた観光客が次第に集まり、ホームや砂浜など思い思いの場所から日の出を待つ。やがて、水平線から、オレンジ色の朝日が静かに昇ってきた。
正東津駅は、前回紹介した両元駅と同じ、嶺東線の駅だ。両元駅付近では太白山脈の峡谷を走っていた嶺東線も、この辺りでは海岸沿いを走る。「正東津」とは、朝鮮時代の王宮、景福宮の光化門から真東にある海岸という意味だ。1962年、嶺東線の全通と同時に開業し、駅の周辺には、江陵地域の炭鉱で働く労働者などが暮らしていた。だが、エネルギー政策の転換によって石炭産業が衰退すると、集落も過疎化。1996年には旅客の取り扱いを中止し、廃駅寸前となった。
「日の出時刻」掲示
廃駅寸前の危機を迎えた正東津駅を救ったのが、1995年にSBS系列で放送されたドラマ「砂時計」だ。最高視聴率64・5%を記録した大ヒット作品で、舞台のひとつとなった正東津の海岸に、全国からファンが押し寄せたのである。ひなびた集落に過ぎなかった正東津は一躍観光地になり、1997年、駅には再び列車が停車するようになった。毎日日の出時刻が掲示されるようになったのも、この頃からだ。
それから20年。今では駅の周囲にカフェや食堂、宿泊施設などが整備され、すっかり江陵を代表する観光地に成長した。毎年大晦日から元旦にかけては、初日の出を見ようとする人で、足の踏み場もないほどの混雑となる。山の上には、クルーズ船の形をしたリゾート施設もそびえ、かつてののどかな景色を知る者としては、少し寂しい。
だが、そんな正東津駅には、今も昔ながらの夜行列車が発着している。清凉里23時25分発の「ムグンファ1641列車」は、正東津駅に早朝4時28分に到着。座席で過ごす一夜はちょっと窮屈かもしれないが、昔はそれが当たり前だった。洗面所で顔を洗って、砂浜に降りれば、ちょうど水平線が白んでくる頃。朝日を見れば、夜汽車の疲れなど吹き飛ぶに違いない。
2017年5月現在、嶺東線の終着駅・江陵では平昌オリンピックに向けて高速鉄道の建設工事が行われており、正東津が暫定の終着駅だ。この年末にはソウル〜江陵間は2時間弱で結ばれ、ジョイフルトレイン「海列車」も接続するなど、正東津駅は今よりもずっと訪れやすくなる。
一方で、夜行「ムグンファ」は、車両の老朽化もありいつまで運行されるかはわからない。「日の出に逢いに行く夜汽車の旅」を味わうなら、今のうちだ。
栗原景(フォトライター)
(2017.5.10 民団新聞)