掲載日 : [2017-08-02] 照会数 : 5474
訪ねてみたい韓国の駅<9>鎮海線 統海
[ 10年ほど前までは、朝夕に通勤客で賑わった統海駅 ] [ 2008年、パク・ヨンハとソン・ユナ主演のドラマ『オンエアー』の舞台にもなった ]
海軍基地内 幻の終着駅
2002年頃だっただろうか。まだ韓国語を満足に話せなかった頃、慶尚道のローカル線をめぐる旅に出た。鎮海線は、当時1日2往復しか列車がない、屈指のローカル線だった。行き止まりの終着駅は、鎮海駅。海軍の町として知られる鎮海の玄関だ。
馬山駅から朝の列車に乗った。1日2往復しかないローカル線にしては、車内は賑わっていた。鎮海の会社に勤める人たちだろうか。そんなことを考えているうちに、終着・鎮海駅に着いた。
終点、誰も降りない
ところが、誰も降りない。新聞を広げたりして、悠然と座っている。鎮海駅に着いたと思ったのは、勘違いだったか。ホームの駅名標を確認しよう……と外を見ると、列車がゴトリと動いた。ゆっくりと去って行く駅舎には、「鎮海」の文字。
列車は、道路を斜めに横切り、「必勝海軍」と書かれた門を入った。さあ大変だ。海軍基地に入ってしまったようだ。
並木道に沿ってゆっくりと走った列車は、5分も経たずに再び停車した。乗客たちが、ゾロゾロと降りていく。おそるおそる外を見ると、小さなホームに「統海」と書かれた駅名標が、ぽつんと立っていた。
「おや、間違えてご乗車されましたか。はい、ここは海軍関係の人しか降りられませんが、大丈夫ですよ。すぐ折り返し列車となって、鎮海に戻りますから。そのまま座っていてください。すみませんがお写真はご遠慮ください」
若い車掌は、優しい口調で教えてくれた。鎮海〜統海間は、海軍基地内で働く職員だけが利用できる特殊な区間だったのだ。車掌の言うとおり、列車は5分ほどで再び動き出し、無事鎮海駅に戻った。
写真も撮れず、幻の終着駅として記憶に残った統海駅。2006年には通勤列車も廃止、本当に幻の駅となった。
そんな統海駅を再訪したのは、2014年4月のことだ。桜で知られる鎮海市では、毎年春に「鎮海軍港祭」が開催される。この期間だけは、外国人を含む一般人も海軍基地に立ち入ることが許される。統海駅は、桜の並木道沿いにあり、歩いて訪れることができるはずだ。
すばらしい桜並木
鎮海の桜は見事だった。特に海軍基地のメインストリートに整然と並ぶ桜は、酔客がいないこともあって凛とした美しさを見せていた。その桜並木の向こうに、統海駅はあった。1本のホーム、古い木製の駅名標、シンプルな上屋(屋根)。今は1本の列車も発着しないが、清掃は行き届き、桜に包まれどこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。
だが、駅構内に立ち入ることはできない。観光客が歩けるのは北側の歩道で、駅は車道を隔てた南側にあるからだ。警備をしていた憲兵に、おそるおそる駅を見学したいと頼んでみた。
「申し訳ございませんが、向こう側に立ち入ることはできないのです。ここから、この角度で写真を撮るぶんには大丈夫です。あの建物と、あの施設は写らないようにしてください」
若い兵士の親切な対応のおかげで、12年ぶりに統海駅を撮影することができた。だが、誰も訪れることのなくなった駅はやはり寂しい。せめて軍港祭の期間は、特別列車を走らせてほしいものである。
栗原景(フォトライター)
(2017.8.2 民団新聞)