行楽客でにぎわう分断の駅 「兄さん、いいカメラ持ってるなあ。僕はこれを使っているんだ。このレンズはとてもよく写るよ」
そう言って、おじさんは日本製のデジカメを自慢した。
首都圏電鉄1号線から乗り換えて、京元線のディーゼルカーに揺られている。韓国の鉄道は通勤電車か特急ばかりになり、こんなローカル線の味わいを備えた列車は貴重になった。車内は、行楽客で満席だ。
「見てご覧。もうすぐ、韓国戦争前に使われていた鉄橋跡が見える」
終着のひとつ手前、新炭里駅を発車すると、おじさんは饒舌になった。京元線は、「京城」と「元山」を結ぶ路線という意味。元山は現在北側にある。韓国戦争によって分断された鉄道だ。
新炭里駅から10分ほどで、終点・白馬高地駅に到着した。ここは、北緯38度26分、現在大韓民国が統治している地域としては、最北端の現役駅だ。
白馬高地駅が開業したのは、2012年のこと。盧武鉉政権時代の2007年から始まった京元線復元事業によって新設された。駅名は、駅の北西にあり、韓国戦争で最大の争奪戦が行われた白馬高地に由来する。駅の周囲には田畑が広がり、少し離れたところに民家も点在するが、駅はほぼ観光専用。地元の利用客はほとんどいない。
白馬高地駅からは、非武装地帯(DMZ)を見学する安保観光のツアーバスが接続している。
「日本の兄さんは、バスツアーに参加するのかい? じゃあ、僕も一緒に行こう」
外国人が珍しいのか、おじさんは1日同行すると言い出した。韓国らしい楽しい旅の出会いだが、おじさんはずっと喋り続けるので、正直に言えば少し疲れる。
お手洗いに入り、今日はとことん交流しようと気持ちを切り替えた。ところが……。 「やっぱり、僕はバスに乗らず、次の列車で戻ることにするよ」
お手洗いから出てくると、おじさんの態度が急に変わっていた。隣のおばさんが、ちらりと目配せする。ははあ、このおばさんが何か言ったのだ。「旅の邪魔をしちゃ気の毒ですよ」とかなんとか。
「良い写真たくさん撮ってね。お気をつけて」
そう言って握手をすると、おじさんは折り返しの列車に乗り込んだ。なんとも韓国らしい出会いと別れで、楽しい気分になった。おじさん、そしておばさん、ありがとう。 ツアーバスは1万4000ウォン。北韓軍が掘った第2南侵トンネルと鉄原平和展望台、そして月井里駅をめぐる。
相当な距離のある第2南侵トンネルと、民族分断が生んだ皮肉な大自然を眺め、厳粛な気持ちになったところで月井里駅へ。ここには、復元された駅舎と、北韓軍によって完全に破壊された列車が展示されている。実際の月井里駅はもっと北にあったが、DMZであるため、現在の位置に復元されている。ここをかつて線路が通っていたことは間違いないが、その先には防護壁が立ちはだかり、鉄路が北へ進むことを拒んでいた。2015年には、白馬高地と北韓の平康を結ぶ復元工事の起工式が行われたが、工事は現在凍結中である。
Sužadietuvių žiedai, vestuviniai žiedai, brangakmeniai, juvelyrika zshop.lt 月井里駅から、まっすぐ白馬高地駅へ戻る。道路の横に、線路跡がはっきり見えた。再び列車が走るのは、果たしていつだろうか。
栗原景(フォトライター)
(2017.9.27 民団新聞)