掲載日 : [2005-08-13] 照会数 : 8890
直木賞「花まんま」の短編「トカビの夜」
[ 作者・朱川湊人さん ]![](../old/upload/42fc40207fcf8.jpg)
作者・朱川湊人さんに聞く
幼い日の懐かしさと悔恨
第133回直木賞受賞作品の「花まんま」は、大阪の下町を駆けずり回る子どもたちを主役とした6編からなる短編集。いずれもレトロなホラーで味付けした懐かしく、そしてほろりとさせられる内容だ。なかでも「この作品集の方向性を決めた」という「トカビの夜」について、作者の朱川湊人さん(42)に聞いた。
■□
長じて気付いた差別感
大阪の路地裏…在日の友への思い
朱川さんが生まれ育ったのは大阪市天満の近く。「火事がおきたら大変」という路地裏の密集地で5歳まで過ごした。人と人との近い距離、雑然とした感じが今も気に入っている。
子どもの世界に国籍は関係ない。韓国籍の友人とも楽しく過ごした。だが、子どもの世界は人知れないところで残酷な一面も見せる。「自分に有利になるなら、気に入らない者への意地悪、相手を見下げることも平気でやった」
なにも考えていなかったころの自分への悔恨。大人になってからも「自己嫌悪」となって朱川さんを苦しめた。このことが朱川さんの創作の源泉となった。この心情は20代では理解しづらくても30、40代ならば分かってくれると、朱川さんは信じている。いわばこの作品は「大人の童話」なのだ。
人が生きている限り避けて通れない「差別」。朱川さんは内なる「差別」を弱者の視点を忘れることなく描ききった。急死したチェンホを思いやる次のような文章からも朱川さんの他者を思いやる心情をくみ取ることができるだろう。
「はるばる海を渡って朝鮮の天国に行くことができるのだろうか。行ったところで、言葉もわからない場所で楽しくやれるのだろうか。それとも日本の神様が、日本の天国まで連れて行ってくれるのだろうか。いや、もしかしたら、天国には日本も朝鮮もないのかもいしれない」
直木賞の審査員からは「差別について正面から取り組んだ作品」と評価する声が出た。だが、朱川さん自身は「目をつぶるのがいや」「大上段に構えたわけではない」とさらりと受け流した。大上段に構えたわけではなくても、在日外国人と日本人がどうしたら仲良くなれるのかのヒントがたくさん隠されているのは事実だ。
「自分と違うものを怖がったり離したくなるのは、人間とか動物の本能だと思うんです。でも人間ですから折り合いつけて、それが間違った本能であるということを学習して、体得していかなければならない」
韓日間には教科書問題や独島問題など、歴史認識に関わる問題がある。この点についても「一番近い国で、いちばん仲良くしていかなければならない。話し合えば、道は開けてくる気がする」と話している。
「幼いころ、僕のすぐそばにチェンホのような少年がいたということが大きいですね。路地裏を走り回って駄菓子屋にも一緒に入った。だから、あいつとおれのどこが違うんだと、実体験として言えるんです。どこも違わないじゃないかとね。問題にするほうがおかしいですね」
朱川さんはいま、徳間書店発行の雑誌で少年たちが出てくる小説を連載中だ。ここでも在日韓国人が重要なキャラクターとして登場している。これからも様々な創作場面で在日韓国人との共生を訴えていくことになりそうだ。
大阪市生まれだが、5歳で東京都内に引っ越して、足立区在住。87年に結婚。新婚旅行先には韓国を選んだ。船旅が好きで、下関からフェリーで釜山に渡り、特急列車セマウル号でソウルまで行った。特にお気に入りなのは慶州や扶余など歴史を感じさせる古都とのことだ。
「花まんま」。4月23日、文芸春秋社刊。単行本(1571円+税)。
■□■□■□
早世したチェンホは霊で現れた
〈作品の概要〉
朱川さんが幼少期を過ごした大阪の文化住宅が舞台。近所の在日韓国人の小学生との友情を描きながら、自らの内面に巣くう差別意識を冷徹に描く。
「外国籍の人間に対する差別と偏見は今でもあるが、30年以上以前となれば、なおさらだった。戦前戦中の誤った認識を引きずっている人間はたくさんいた」
8歳の主人公にとってその相手は病弱なチェンホだった。「大人の行動はそのまま子どもの手本になるので、露骨にいじめたり差別したりこそしなかったが、心の中にははっきりと線を引いていたのだ」
だからチェンホの母親から大事な怪獣図鑑を貸してほしいと頼まれたときはちゅうちょするが、結局、怪獣図鑑を持参して遊びに行くことを了承した。以来、チェンホとの交流が続いた。周囲は「あんまりあの家には行かんほうがええで…」と忠告したが。
チェンホは翌年、幼くしてこの世を去る。死んでからもトカビ(幽霊)となり、生前、一緒に遊んでくれた主人公の前に現れる。でも、恐怖感はなかった。チェンホの家族が「喪礼(サンレ)が足りなかったから」と家の戸と窓につるしておいた魔よけのトウガラシをすべて取り外し、懐かしい友人を迎え入れた。
(2005.08.13 民団新聞)