掲載日 : [2006-01-01] 照会数 : 70324
<座談会>若い世代は民団にこう期待する
創団60周年以降の民団を担うのは3・4世たちだ。20代、30代の青年・学生たちにとって、これまでの民団はどう映ってきたのか。青年会、学生会のメンバーたちに、これからの民団に対する期待と注文を、忌憚なく語り合ってもらった。
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映像発信も考えたら 壽隆
同胞結ぶ輪を広げて 禹潤
全国組織の力を実感 李民和
目標と現状にズレも 李恭孝
学生や青年向け寮を 李弘道
司会 まず、民団との出会いは?
禹潤 父が民団に関わっていたので、小さいころから語学講座とかに参加していた。最近では成人式や学生会主催のお花見にも。同年代の同胞とたくさん知り合えたこと、先輩・後輩ができたことが嬉しい。
李弘道 学生会長のお兄さんと僕の同級生が知り合いで、声をかけられたのがきっかけだ。昨年初めて学生会の行事に参加した。在日って結構いるなって思った。同じ境遇の人と今はとても楽しくつき合いができている。昨年11月の「映画を観て話そう会」はわりと面白かった。みんなで集まると楽しいので、時間が合う時は顔を出す。
李民和 映画「パッチギ」を観てみんなでわいわい話した。20人弱くらい集まったかな。私は幼稚園のころから祖母に連れられて、毎週民団に行っていた。毎年の運動会が楽しみだった。学生会には兄が出入りしていたので、参加するようになった。大きなきっかけとして、夏期学校に参加した時に民族学校に行っている学生たちは韓国語を話せて、自分は母が1世なのに話せないというのに凄く葛藤があった。
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韓国人の誇り 確証得られた
李恭孝 僕は青年会のバレー大会に誘われ、支部の花見やオリニ行事の手伝いから関わり始めた。最初はなにか堅苦しい雰囲気があるなと思ったこともある。いつも青年会が行事の後片付けをするのは心外だったが、先輩たちと関わることで、韓国人としての誇りとか、確証を少しずつ得られるようになった。
壽隆 父が川崎支部の役員だったから子どもの時から連れられてよく民団に行った。日曜日にどこか行くぞ、と言われたら必ず民団の大会だったり。指紋押捺拒否の運動の時も一緒に団員宅をまわった。青年会主催のオリニ・クリスマスパーティーとか、韓国語講座にも何度か通った。自分の生活の中に民団があったという感じだ。
司会 この間に感じてきた民団の印象は?
禹潤 民団って、在日が必要とするいろいろな面を担っているとは思う。在日自体が在日離れをしているなかで、求心力を持った在日の柱として成り立っているというのは本当に素晴らしいことだ。そこに人が集まって、活動をしているという点が、時代は変わっても大事だと思う。悪い点は、通名で生活している同胞や、在日だということに悩んでいる同胞、そういう人たちへのケア、関わりやすさをつくることがまだ足りないことではないか。
壽隆 民団を避けたいと思った時期もある。やれ北だ南だと大人が喧嘩しているのを見て凄く傷ついた思い出がある。民団主催の成人式には出ないつもりでいたら、父が玄関の前に立っていて、無理矢理連れていかれた。青年会に関わり始めたのはそれから。
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団体としての 顔よく見えぬ
李弘道 民団という団体の顔がよく見えなくて、どういうものなのかをまだよくつかめない。実家には民団新聞が届いていて、知識として少し知っているくらい。
李民和 3年前にKSJ在日学生サマーキャンプに初めて参加し、昨年は会長として主催する側へ回ったことで、一般参加者の気持ちと主催者の気持ちが、こんなにも違うのかなと感じた。地方の民団に紹介してもらって出会えた学生もいたので、全国に支部がある民団の組織力にありがたみを感じる。婦人会の方たちは私が初めての女性会長ということで、凄く優しくしてくれる。周りの協力が、すごくありがたかった。
李恭孝 目ざすところと現状のズレが多すぎるなと感じる。役員でも「ここは何をやるところだ、今自分がなにしなくちゃいけない」というのを示せていない。役職につけば、それなりの責任や周囲からの期待もあるから、それに応えようと努力をしているというのがもっとあってもいいのでは。
壽隆 韓日間には歴史認識をはじめいろいろなことがあるが、喧嘩の火種をつくるのではなくて、どうやったら仲良くなれるのか方法を考える。在日は韓国と日本の間にいる訳だから、その立ち振る舞いをしなくてはいけないと思う。
司会 では、民団の「あるべき姿」とは、どのようなものであると?
壽隆 民団に関わり始めて13年になるが、不親切さというのが組織に対する不信に繋がっていると思う。地域の人が民団をどう思っているかが重要で、あそこに行ったらためになるとか、助けてくれるとか、何かそう感じさせる魅力を自分たちでつくろうとする努力があれば、もっといい団体だなと思う。
禹潤 確かに、民団にあまり関わってない同胞とか日本人に民団を説明するときの難しさはあるなと思う。日本の中でマイノリティーである在日は、日本社会で感じるアツレキもあると思うが、同胞コミュニティーに帰った時に集まる場があって、それがあるからまた外に向かっていけるっていう場であって欲しい。実際に拠り所がなくて困っている人たちもいると思うので、そういう面でのケアもして欲しい。
李弘道 民団の学生・青年寮があったらいいと思うな。
李民和 私もいいなと思う。地方から出てきた時、家探しが一番大変だったので。兄が民団の方が個人でやっている寮に入り、とても助けてもらっていた。学生同士の交流の場も持てるし、そういうのを大規模にやってもらいたい。
壽隆 個人でやっている方は結構いると思う。でも民団であまりそういう話をしているのは聞いたことがない。既存の施設を活用するのも同胞資産の運用になるのでは…。
李民和 一番私が思うのは民団で働いている人の子どもが、学生会の対象者でもなかなか来ない。いろいろ話した後にポロっと、「自分の子どもも学生なんだよね」って言う。だったら連れてきてよ、と…。自分も学生会に出てプラスの経験がすごく多かったので、親がそういう場を積極的に提供して欲しい。上京する時も、「息子、娘が行くからよろしく」という電話が一本あれば全然違うと思うし、こっちも誘いやすい。そのためにも、私たちがうまく情報を発信していかなければいけない。
壽隆 以前、参政権のアピールでテレビ広告を出したが、そうやって何かのトピックに出てこない限り、民団が何をやっているか分からないと思う。発信するものがない、聞こえるものがない。民団新聞がそれを担っているが、民団新聞だけでは不十分かもしれない。若い世代に期待する以前に、情報を発信するツールも含めてどれだけ僕たちの世代に届くようにするかという研究をしなくてはいけない。実際には凄い仕事をしているのにもったいない。
司会 では創団60周年に向けて、同胞社会の求心体として、より良き組織づくりのために、これからの民団に求められるものとは?
壽隆 何かが起こった時に、どう調べ、どこに相談すればいいのか分からない。民団がそういうのを助けられるといい。在日自身がもう少し自分の処遇を考えることは重要で、知らなければいけないことが結構多い。兵役なんかはまさにそうだ。民団に電話してきて文句言ったり、パスポートセンターでパスポートをつくってくれない、差別だって大騒ぎしたりとか。こういうのをなんとかしなくては。
李恭孝 民団がばんばん宣伝しないと。支部に常勤者がいるのだから、資料をもって同胞宅を訪ね、そういうことを教えてあげればいい。これを見てくれたら大体のことが分かりますから、というように。
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日本人と共通 意識深めよう
禹潤 在日自身、日本社会で生きていくなかで、どう付き合ってきたか。通名を使ってきた人もいるだろうが、在日である顔を見せて日本社会で付き合っていけたらいいなと思っている人も多い。民団が在日の顔として、在日のコミュニティーとして、集中して交流などをやるべきだ。それがないと、何か発信しても届かない。在日の中だけではなくて、日本人とも共通意識を持てるような課題を一緒に取り組めたら一番いい。
李弘道 やっぱり、PRはへたくそだと思う。
壽隆 例えば、テレビにばんばん出るというのはどうなんだろう。活字メディアにはいっぱい出ていても映像メディアには出ていない。韓流ブームも活用し、今の文化にばーんと食い込んで、普通の人に見えるようになって欲しい。
李民和 在日が見える形で、もっと活躍していけたらって思う。みんなと同じではなくて、違って当たり前という時代だとの感じはあるし。
壽隆 韓国との関係が薄れたと嘆くのではなくて、違うアプローチってどういうものなのかを考える。どういうアイデンティティーをつくり上げていくのか、すごく面白いと思う。民団はいい在日文化を子どもたちにもっと教えてほしい。これだけ焼き肉文化とかをつくったのだから。
司会 自分の夢をふまえ、同胞社会とどのように関わっていきたい?
禹潤 将来の選択肢が2つあって。内科医をやるならイベントがあったりした時に、民団に関わる形になるかなと思っている。もう一つは精神科医になって、マイノリティーとして生きてきた自分の経験を生かし、さまざまな外国人のさまざまなストレスに対するケアを精神医学的にアプローチしていきたいと思っている。きっかけは、民団で脱北者の精神医学について講義をされた李創鎬さんを知ってからだ。
李弘道 僕はそもそも在日であるということに関する意識が希薄だ。自分の名前を李と書く時に、自分は韓国人だなって思うくらいだ。1年生の時に韓国語の授業をとって、ハングルは書けるけど。だから、もう少しいろいろなことを、まず知りたいと思う。
壽隆 いろいろな世界で能力なり特技を生かそうとする人たちを育てる、例えば学生だったら、もっと奨学金事業を充実させるとか、その代わり、もらった方は世話になった事のありがたみをちゃんと知らなければいけないと思う。
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脱北者の支援 かかわりたい
李民和 就職活動の最中だが、在日が見えない存在であるというのを感じている。自分のバックグラウンドを生かしつつ、埋もれてしまっている事実を掘り下げていきたいというのが一つと、あと北韓問題に興味があって、脱北者支援にもいろいろ関わっていけたらいいなと思っている。
李恭孝 青年会の仕事も卒業だし、地元に帰ってもう一度民団の抱えている課題を考えながら、細々とやっていこうかなと思っている。何人か後輩がいるが、自分の言った言葉をちゃんと守り続けるとなると、民団の中でやり続けるしかない。最後までどっぷり浸かって微力ながら何かやっていきたい。
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感動や喜びを 次の世代へも
壽隆 次の世代にどれだけいい経験をさせてあげられるか、在日として、感動とか喜びとかを感じられるものをたくさんつくっていく。在日という集団があったから、自分なりに得るものが大きかったと思ってもらえるようになれたらいい。この集団をつくり、かけがえのないこれだけの資産を残してくれた人たちをちゃんと尊敬し、大事にしたいと思う。
司会 民団が新たに取り組まなければならない課題は多い。諸先輩方が残してくれた多くのものを参考にしながら3世、4世世代の私たちがやるべき事柄を少しだけだが、この座談会で見いだせたような気がする。力を合わせながら一歩、一歩着実に進んでいきましょう。
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【出席者】
壽隆さん (青年会中央本部会長 33歳2世・川崎市出身)
李恭孝さん (青年会中央本部副会長 35歳3世・名古屋市出身)
禹 潤さん (日本大学医学部4年 23歳3世・東京都出身)
李弘道さん (東京大学薬学部4年 23歳3世・神戸市出身)
李民和さん (学生会中央本部会長 東京外国語大学ラオス語学科3年 22歳3世・和歌山市出身)
司会・金一二美(民団新聞記者)
(2006.1.1 民団新聞)