掲載日 : [2006-01-18] 照会数 : 6197
韓国犬サプサリの魅力 秀作絵本で伝統を活写
[ (上)チョン・スンガクの代表作『くらやみのくにからきたサプサリ』、
(下)民画「ムンベド」に描かれたサプサリ ] [ 大竹 聖美(東京純心女子大助教授) ]
勇敢で忍耐強く忠誠 民族の美徳を体現
韓国人の犬に対する思いは深い。その根底には韓国人が伝統的に美徳としてきた精神や歴史、文化との深い関わりがある。大竹聖美助教授に寄稿してもらった。
珍島犬と並ぶ人気者
韓国の国産犬として日本でも知られている犬といえば、たいていの人は「珍島犬(チンドケ)」を思い出すのではないでしょうか。がっしりとした体躯に短い体毛、強靭な精神を持った忠義の犬として日本の「秋田犬」とも比較されます。
実際、「珍島犬」も「秋田犬」も天然記念物に指定され、純血種の保存などに力を入れる熱烈な愛好団体も存在していますから、両国の国産犬の代表格であることは間違いありません。また、秋田犬なら『忠犬ハチ公』、珍島犬なら『白狗(ペック)』というように、それぞれ多くの人々に親しまれる物語を持っていて、その国民的人気の深さがうかがえます。
ところで、韓国にはこの珍島犬と並んで、より独特な伝統文化の中にその存在を刻んできた固有の犬が実はもう一匹います。日本ではあまり知られていない「サプサリ」です。
韓国の代表的な絵本作家、チョン・スンガクの代表作『くらやみのくにからきたサプサリ』は、韓国の人々の生活の中で古くから大切にされてきた固有の犬サプサリの誕生物語を、神話的な伝承物語『火の犬』を下敷きに描いた現代韓国絵本の秀作です。
厄除け霊獣の側面も
「サプサリ」は、珍島犬や秋田犬が地名から由来した名前であるのと違って、「悪鬼や災を追い払う犬」という意味の固有語で呼ばれています。そしてその名の通り、韓国の歴史や文化の中で民間信仰のモチーフとなったり、霊性が付加された姿でイメージされてきました。
たとえば、新羅時代の名将の軍犬や、徳の高い僧侶が連れていた獅子模様の霊獣はサプサリでした。また朝鮮時代には、王や地位の高い両班たちの広い中庭ではサプサリが必ず飼われていたといいます。人々の生活とともにあった民画のなかにもよく描かれ、災いから家を守る厄除けとして大門などに貼る「門排図(ムンベド)」と呼ばれる護符にもサプサリの姿があります。サプサリは家と主人を守る霊獣と見なされていたのです。
実際のサプサリは、長い毛が全身を覆う独特な容貌をしており、ユニークで親しみやすい印象を受けます。ところが闘うときには決して逃げない勇敢さを持っているそうです。どんな環境にも耐え抜く忍耐力や、一度情をかけてくれた主人のためには命も惜しまない忠誠心も持つといいます。
これらの性質は、まさに韓国の人々が伝統的に美徳としてきた精神にほかなりません。『くらやみのくにからきたサプサリ』にも、そうした強靭な精神がダイナミックに描かれています。作品に描かれた勇敢な「火の犬」は、いくつもの受難に打ちひしがれますが、クライマックスでは新たな生命を得て人々から愛されるサプサリとして生まれ変わります。
このドラマチックな死と再生の物語には、多くの困難な歴史を内包しながら、そこから湧き上がるエネルギーを原動力に躍動する韓国の不屈の民族精神が象徴されています。
戦時の受難乗り越え
近代以降、実際のサプサリの受難は、その長毛が戦時中の軍人用防寒服の標的とされた「犬皮収集政策」に集約されます。このため一時は絶滅の危機にも瀕したサプサリでした。しかし、現在では遺伝学者らの努力により純血種の復元に成功し、文化的な意味や民俗的な背景も含めて再認識され始めています。
『くらやみのくにからきたサプサリ』のような伝統文化に深く根ざしたオリジナルな魅力を放つ絵本が子どもたちのために誠意を込めて創作されるようになったのも、自分たちの文化のアイデンティティーを模索しながら未来を拓いていこうとする現代の韓国の人々のたくましい生き方がその土台となっているに違いありません。珍島犬もサプサリもそうした韓国の民族と文化のたくましさの象徴として見ることができるでしょう。
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今年の干支は戌(犬)
大竹 聖美(おおたけ・きよみ) 白百合女子大学大学院修士課程(児童文学専攻)修了後、日韓文化交流基金訪韓フェロー、韓国政府招聘留学生として延世大学校大学院で教育学博士学位取得。ソウル大学校講師、誠信女子大学校専任講師などを経て、現在東京純心女子大学助教授。『韓国の絵本10選』シリーズ(アートン)など優れた韓国の絵本を多数翻訳・紹介している。
(2006.1.18 民団新聞)