掲載日 : [2006-02-01] 照会数 : 9280
<寄稿>歴史資料館を訪ねて 福島 俊弘
[ (上)過酷な暮らしと労働の模様を再現した展示、
(下)女性たちが使った洗濯棒と労働者の弁当入れや子どもの使った弁当箱 ] [ 福島 俊弘さん ]
生活品重視の展示に共鳴
東京の「在日韓人歴史資料館」が開館してちょうどひとつき、12月24日に大きな期待を持って地下鉄麻布十番の駅に降り立ちました。駅から数分の資料館で先ず私を迎えてくれたのは、玉川の河川敷での砂利採取の飯場の模型でした。
物が語る苦闘の跡
過酷な労働と粗末なバラック小屋、そして家族総出で暮らしを支えた仕事の場であり生活の場の光景でした。厳しい労働の様子を脳裏に浮かべながら、とりわけ、川の増水などの危険や、言うに言われぬつらさを想いながら見入りました。
民団新聞で04年10月から、「物が語る歴史」が連載されていました。ここで写真や生活道具など、「物」が浮き彫りにする在日文化生活史が示されました。個々の私的な「物」から、普遍的な歴史や文化を探ることの可能性と必要性を明確に示してくれたのでした。
生き抜いた証し多々 ハルモニ達を連れてきたい
80代の人も教室に
私が勤務をしている夜間中学には、戦前から日本に住まう1世のハルモニが10人在籍しています。学校教育からはじきとばされた人たちが80歳を超えて今学びを続けておられます。夜間中学では、この方たちが生きてきた道を記録し残していくことも大切な仕事と考えています。これは、単に在日の生活史の記録として重要と言う事だけではなく、日本の歴史や社会経済を考える上でも必要不可欠なものになると考えているからです。
奈良県桜井市には在日が担った「ひのき縄」の仕事があります。木造船の防水つめ具の「ひのき縄」は「まきはだ」とも言い、戦中戦後の日本の海運を支えたものです。桜井で全国の3割を生産していた、その仕事の聞き取りや資料収集をしているところです。
木造船の衰退と共にこの仕事もなくなってきたわけですが、在日の生活を支えたこの記録は縄綯(なわな)い台や皮削り包丁などの道具類と共に大切な物となっています。また、草取り道具のホミやチェサの道具、ネンビ(鍋)、洗濯道具、焼酎壺なども学校の廊下に展示をしています。写真や道具など、「よく残っていたなあ」と思えるものが数多く提供されているのです。
写真や仕事道具は記憶を鮮明に呼び起こしてくれるものです。従って、これら「物」は綴り方の学習や産業、文化の重要な教材ともなっていて、結果、貴重な証言を数多く集める事が出来るようになりました。
家事を振り返る品
資料館には洗濯棒、ミシンなどの女性の仕事と密接な関係ある家事を振り返るに欠かせない品が展示してありました。ポジャギもそうです。日本社会と同じく、男性優位の傾向が強かった在日社会にあって、これらの品に向ける女性たちの思いは、在日男性の想像を超えるものがあるに違いありません。そうした女性の見方にも注目したいものです。
時代がめまぐるしく変化し、古い物や機能的でないものを捨て去ろうとする風潮はますます大きくなっています。そんな時代にあって、「ごく普通の物」にも光を当てる資料館の思想に心が動かされました。
歴史的に重要な文書の大切さは言うまでもありませんが、生活の中でごく普通に使われてきた物も、人の心の中に深く刻み込まれている大切なものです。今後もこういった「国宝や重要文化財」の、言わば対極にある品々にも焦点をあてる展示の一層の充実に期待しています。
日本人も学ぶ場に
夜間中学のハルモニが展示品を解説する見学会ができたらこれ以上の企画はないだろうと考えながら、また、日本人が自らの歴史を正しく知る上で、なくてはならない所として位置づける必要があると思いながら、館を後にしました。
■□
プロフィール
ふくしま としひろ
1954年奈良県生まれ。79年小学校教員となり、93年から夜間中学教員。ハルモニを含むクラスを担当。「ひのき縄」調査で日本国内や韓国を歩く。野菜栽培を通した学びの物づくりを模索している。
(2006.2.1 民団新聞)