掲載日 : [2006-02-15] 照会数 : 8849
<寄稿>壮大な詩魂を編んで 佐川 亜紀
[ 佐川 亜紀さん ] [ 『在日コリアン詩選集一九一六年〜二〇〇四年』=土曜美術社出版販売℡03・5285・0730。3800円。 ]
苦難と挫折を踏まえ
矜持をつづる作品へ
昨年、森田進氏と共編で『在日コリアン詩選集一九一六年〜二〇〇四年』を出版した。資料散逸も危惧されるなか、編者の力量をはるかに超える仕事で不備不足もあるが、作者・研究者の方々の温かい御協力に後押ししていただき、やっと完成にいたった。なんといっても、作品自体が心を打ち魅力的で、苦難と抵抗の歴史を語り、在日の多面的な顔も分かり、世界的なテーマも孕み、本そのものが壮大な叙事詩と感じられたのが、508頁を一気に編集できた要因である。
在日詩の世界性
出版後、予想以上の好評をいただいた。2005年7月20日「朝日新聞」夕刊で加藤周一氏は、「条件の特殊性は、詩的表現の限界ではない。むしろ逆に、環境と歴史の、したがって経験の個別的一回性は、その表現がそこに執(しっ)すれば執するほど、深く徹すれば徹するほど、普遍的なものとなり、世界に向かって開かれる」と在日詩の世界性を指摘した。
また、7月10日の「新潟日報」で八木忠栄氏は、「底知れぬ悲惨や憤怒、それに笑いも秘めた膨大(ぼうだい)な詩脈の豊かさに、圧倒されてしまった」と述べ、8月6日「図書新聞」で倉橋健一氏は、「『在日』日本語への垂涎が、長い歴史時間に繋げることで、今一歩深いところから読みとることが可能になった気がした」と語った。
日本を〞撃つ〟力
ほかの新聞や詩誌・雑誌でも書評が載った。詩人で在韓被爆者問題に取り組んでこられた石川逸子氏は、帯文で「非道な植民地支配、戦後なお無反省に続く差別政策のなかで、生きづらい世を生きねばならなかった在日コリアン。胸に溜まった悲傷と憤怒と省察から紡ぎだされた詩群は、裂かれた故国の統一を願いつつ、世代・詩風・性別をこえ、空にむかって高らかに屹立する。再び戦争へとうごめきだした日本を撃ち、谷間にながれる清冽な泉で、読む者の魂を洗う」と記した。さらに、国際的詩誌「地球」主催の第30回地球賞を受賞した。
表題の一九一六年とは、朝鮮近代詩の創始者である朱耀翰が日本に在住中、日本語作品「五月雨の朝」が文芸雑誌に初めて掲載された年である。日本語作品は日韓併合の圧力をこうむって成されたが、その内容は民族の感情や思考、支配への抵抗を表している。
多様な視点いま
解放前は、モダニズム詩・抵抗詩・抒情詩が書かれ、その後故国に帰って現代詩人となった人も多い。日本のファシズムが進み、皇民化や戦争賛美の詩を強制したことは日本人として記憶し反省しなければならない。解放後、民族の誇りの復権、新たな歴史創造の一翼であるという自覚が高まるが、望郷の思いも尽きない。日本在住の日々を重ねるなかで、在日固有の言葉・生活感覚・葛藤・思想を基盤にした在日詩が確立する。
80年代以降、2世、3世が中心になると存在の在り方、在日の捉え方、詩表現も多様になり、個人という視点も入ってくる。その歩みは、日本の言葉と社会への批評性を持ち、今また国際化の時代にさまざまな見方がなされ始めている。
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プロフィール
佐川 亜紀(さがわ・あき) 1954年生まれ。横浜国立大学卒。日本現代詩人会会員。詩集『死者を再び孕む夢』(小熊秀雄賞・横浜詩人会賞)、『返信』(詩と創造賞)など。評論集『韓国現代詩小論集』など。
(2006.2.15 民団新聞)