掲載日 : [2007-02-28] 照会数 : 13931
「日本の病巣」在日の眼で 張賢徳さん
[ 『人はなぜ自殺するのか』の著者 張賢徳さん ]
外からの視点が役に立つ
年間3万人台の自殺者が98年から続く日本社会の病巣にメスを入れ、「自殺大国」の汚名返上に向けて闘う在日3世の医師、張賢徳さん(41)が昨年12月末に『人はなぜ自殺するのか』(勉誠出版)を上梓した。日本人には気づかない視点が、死に直面する医療現場で役に立っているのでは、と語る。
愛憎をふっ切って
生まれ育ったのは、大阪の西成区。白昼堂々と日本刀で斬りあうやくざを目撃するのも何ら不思議ではない劣悪な環境だった。
祖国復興に寄与することを夢見て、大学の工学部で造船を専攻した父は夢破れ「在日として生きていくのだったら医者になれ」と3人の子どもに懇々と言って聞かせた。
その一方で、「にんにく臭い」と言われたら「にんにくを食べるから強いんだ」と言い返すくらいの根性と韓国人として誇りを持つよう育てた。鉄拳を見舞われることもあったが、「子どものことを思っていることがわかったし、尊敬と愛情がベースにあったから医師願望はすんなり受け入れることができた」と話す。
成績優秀だった3歳上の兄が灘高の受験に失敗し、家の中の空気がどんより沈んだのを肌で感じたのを機に、兄のリベンジとばかりに灘中学の受験に打って出たが、ものの見事に玉砕した。難問をすらすらと解く同年代に比べ、まったく歯が立たない自身の恥ずかしさを思い知った。この時に屈辱の中でもたげた負けん気が、「勉学の虫」へと変身させていく。そして、廊下で生徒がシンナーを吸っているような札付きの荒れた中学から灘高、東大医学部へと進学を果たすことになった。
入学後、病院実習を経ながら、患者への優しさや隣人愛という情がうずく一方、幼い頃から身についた日本人に対する憎しみも否定しきれない自分に気づいた。愛に基づく医療行為に従事する者として、この相反する気持ちをどう整合させるのか、悶々とした時期を送った。日本人や在日の先輩から「出世をめざすなら帰化を」と勧められたが、自分の気持ちを曲げるわけにも行かず、国際性を謳う帝京大学に移った。私学なら差別も少ないと思ったからだ。
国家試験の1週間前に、仲良くしていた精神科医志望の先輩が自殺したことが引き金となり、精神医学の観点から自殺にメスを入れる道を選択した。現在、日本自殺予防学会の事務局長として、国境や民族を超えた地球人というスタンスで激務をこなす毎日だが、「日本人には気づかない観点、物事を外から見る視点、斜に構えて見る視点が役に立つと認められたのではないか」と謙虚に受け止めている。
都内で飲食業を展開する叔父から「どん底から這い上がってつかんだ今日の幸せを、いまだ光の当たらない在日同胞に還元すべきだ」と言われる。在日を売りにしたくはないと思っていたが、「自分のような者が活用されるなら表舞台に出てもいいと思うようになった」と心境の変化を語った。
「同じような価値観を有する集団に経済的な危機などが訪れた時、アルコール依存症やうつ病、自殺に追い込まれるというのが現代日本の特徴。中高年男性に顕著に現れる」と警鐘を鳴らす。
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プロフィール
1965年、大阪市西成区出身の在日3世。91年東京大学医学部卒業後、帝京大学医学部附属市原病院・本院で臨床研修に従事。97年英国ケンブリッジ大学臨床医学系精神医学博士号取得。97年から99年まで帝京大学市原病院精神神経科講師。99年から04年まで同大溝口病院精神神経科科長・講師。04年から助教授を務めている。
(2007.2.28 民団新聞)