掲載日 : [2007-03-28] 照会数 : 10346
<大阪地裁>入居差別で初の和解
[ 康由美さん ]
家主が事実認め謝罪
原告 市の放置責任も問う
【大阪】韓国籍を理由に民間賃貸住宅の入居を拒否された在日2世の弁護士、康由美さん(42)が家主を訴えていた民事訴訟は13日、大阪地裁で和解が成立した。裁判所書記官が読み上げた和解条項には「韓国籍を理由とする入居拒否であり、これを謝罪する」との文言が入った。家主本人も原告の康由美さんを前に「ご迷惑をおかけしました」と述べ、「解決金」名目で100万円を支払うことに同意した。家主が国籍による入差別を認め、謝罪したのはこれが初めて。
提訴から約1年半のスピード和解だった。家主が国籍差別を認め、謝罪したことで、康さんは当初の目的の半分を達成したという。
康さんには「家主が本当に反省しているのかどうかは分からない」というもどかしさは残った。だが、差別をすれば何らかの制裁があるのだというメッセージは送ることができたと思っている。「いままでの裁判からみると考えられない終わりかたをした」と安堵の表情を浮かべた。
康さんが引っ越しを思い立ったのは弁護士登録をして間もなくのこと。05年1月、大阪市内の大手仲介業者U店で友人と2人、1部屋をシェアできるという希望物件を見つけた。店長はその場で家主に契約確認の電話を入れた。だが、康さんには通話時間が異様に長く感じられた。結果は予想通りだった。
康さんは当時を思い起こし、「まるで、弁護士になったからっていい気になるなと、日本社会全体からぴしゃりと横っ面をひっぱたかれたようでした」(第6回口頭弁論陳述)と語っている。
高校生時代はアルバイトに応募して自分だけが採用されなかった。バブル絶頂期に同胞の友人はだれも就職が決まらなかった現実も見てきた。康さんの頭の中で「ああ忘れてた。私って差別されるんやった。忘れてた」という言葉だけがぐるぐる回り続けていた。
家主によれば、前に中国人に貸して、もめ事が多かったという。耐えきれず、「日本生まれで日本人と変わらない生活をしている」と叫んでしまった。追いつめられた結果とはいえ、差別する側におもね、結果的に在留資格の不安定なニューカマーをおとしめたことに康さんは言いしれぬ自己嫌悪を覚えた。
康さんは自分が何のやましさもなく胸張って生きていくためには異議の声をあげ続けるしかないと05年、乙巳保護条約締結の日の11月17日に提訴した。
康さんは今回の裁判とは別に入居差別を放置してきた大阪市の責任も問い続けている。「差別されるということは個々の人格が問題とされているのではなく、個々の人間の属性だけが問題とされているのです。『差別をやめましょう』というスローガンを印刷するだけで解決に向かうものではないのです」。
大阪市が差別禁止条例を制定するまでは闘い続ける覚悟だ。それが大阪弁護士会の人権擁護委員会に所属する弁護士としての責務と考えている。
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康由美さん
65年3月1日大阪市生野区生まれ。両親は韓国戦争から逃れ、日本に密航してきた。その後、両親が入管に自首したため家族一緒に収容される。在留資格は定住者のためいまも3年に1回の登録切り替え。神戸大学、同大学院卒。高校の非常勤講師を務めながら02年、司法試験に合格した。定住者資格で弁護士資格を取ったのは康さんが初。
(2007.3.28 民団新聞)