掲載日 : [2007-04-04] 照会数 : 11426
初めて日本の高校教科書に 陳昌鉉さん
[ 陳昌鉉さんの話が掲載された教科書の1頁 ] [ 工房でバイオリン製作中の陳昌鉉さん ]
「東洋のストラディバリウス」 陳昌鉉さん
生き方に共感、英語の教材に…勇気と希望学ぼう
日本の英語教科書出版会社・三友社出版(川口裕敬代表取締役社長)は、来年4月から使用される高校2年生向け英語教科書「COSMOS English CourseⅡ」に、独学でバイオリン製作を学び、「東洋のストラディバリウス」と称されるまでになった在日1世のバイオリン製作者、陳昌鉉さん(78)の波乱の人生とバイオリン作りに関する話を収録した。文部科学省の検定済み教科書で、在日韓国人を扱うのは初めてのケースになる。
英語教科書「COSMOS English CourseⅡ」で、陳昌鉉さんが紹介されているのは10課の「The Mystery of the Violin」だ。9頁を割いての掲載は破格の扱いで、陳さんの作品や若かりしころの写真、漫画家・山本おさむさんが陳さんを描いた「天上の弦」の漫画も効果的に用いられている。
同社が陳さんを取り上げるきっかけになったのは一昨年のこと。編集員の1人から02年9月に出版された自叙伝「海峡を渡るバイオリン」(河出書房新社)を読んで感動したという話を聞き、川口さんら関係者は読後、教材化することを決定。同書を元にして、英文化する作業を行った。
その後、川口さんらは陳さんと会う機会を得た。「英文を見せたら喜ばれました。まだ草案でしたが陳さんに改めてエピソードを伺い、工房を見せていただいたりと、そういうものを元にして英文を完成させました」といきさつを語る。
同社が出版の理念としているのは、英語教育は一つは平和教育だという点だ。「英語教育は技術教育ではありません。英語というものを通じて、世界と市民レベルの広がりを持っていく。それには教材が大事で子どもたちが考える、直視する、というものが必要だろうと思っています」と川口さんは話す。
これまで多様な切り口で平和の問題や人権の問題などを取り上げ、生徒たち自身にいろいろ考えさせるための教材作りを手掛けてきた。01年に出版された高校1・2年生用の副教材「アンニョン!コリア」では韓国との友好をテーマに、13項目にわたって韓国の伝統文化、歴史をはじめ、韓国のジャンヌ・ダルクと呼ばれた柳寛順(ユ・ガンスン)の生涯や、在日コリアンが抱える問題なども扱った。
「英語教科書の場合は理論書でも、歴史書でもなくて生き方とかメンタルなものが入ってきます。そこに知的な部分として日韓の歴史や差別問題などが出てきます。今回は陳さんの生き方に共感したのが出発点ですが、在日の方々は日本で相当な苦労をされました。そういうことを日本人が本当にきちんと受け止めていく必要があるというのが一つの視点で、陳さんが一流を目指したという2つの要素がありました」
また川口さんは日本の学校に通う在日子弟について、「親や祖父母たちがいろいろな苦労をしてきたというのをもう一度、見直すことができ、在日として誇りが持てる教材だと判断しています。この教科書を機に、他社が在日を扱うようになれば歓迎すべきことです」と語る。
陳さんは「日本の高校生には、在日でもこういう生き方があるのかというインパクトを与えると思います。日本の学校に通っている同胞子弟にはもっと自分を肯定し、自信と誇りを持てる契機になってほしい。どんな立場の人間でも頑張れば頂点に立てるという勇気と希望を与え、お互い理解しあえるようになれば嬉しい」と話している。
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14歳で単身来日、数々の苦労
独学でバイオリン作り
陳さんは1929年、韓国慶尚北道金泉生まれ。小学校4年のとき、日本人教授にバイオリンを習い夢中になる。だが生きるために14歳で単身日本に渡ってきた。輪タク引きや土木作業などをしながら夜は明治大学に通った。音楽家になる夢は遠のいていたが、零戦戦闘機の設計者からバイオリン設計者に転身した教授の講演を聞く機会に恵まれ、バイオリン作りに興味を持つ。
当時は半島人と呼ばれていた朝鮮人であるために、大学で教職課程を専攻したが、教師の夢はあきらめざるを得なかった。朝鮮人という理由で弟子入りもできず、大学卒業後の57年、木曽福島町で4年余り厳しい土木作業に従事しながら、独学でバイオリン製作を始めた。
84年11月、アメリカバイオリン製作者協会から世界に5人しかいない「無鑑査製作家の特別認定」と「マスターメーカー」の称号を授与され、「東洋のストラディバリウス」と称される。
02年9月、自叙伝「海峡を渡るバイオリン」出版。次いで小学館のビックコミック「天上の弦」で連載。04年11月にはフジテレビで「海峡を渡るバイオリン」が放映された。
(2007.4.4 民団新聞)