掲載日 : [2007-04-11] 照会数 : 5393
韓米FTA妥結 その波及効果は
[ 交渉を妥結させ、握手する韓米代表 ] [ 韓米FTA阻止汎国民運動本部のデモ ]
韓米自由貿易協定(FTA)が2日、1年2カ月の交渉を経て合意にこぎ着けた。韓米両国とも、国内の根強い反対論を押し切っての決断だけに、議会での協定批准には紆余曲折が予想される。だが、貿易自由化は世界的な流れであり、国内調整に手間取るとしても、大局的に見れば成立・発効は時間の問題である。韓国を経済的・軍事的に挟撃する日本、中国にも強烈なインパクトを与えた韓米FTA合意。これは、東アジアにおける韓国の立場を強化し、国内の政治対立構造にも貴重な一石を投じることになるなど、多角的な意義を持ちそうだ。
■□
「クジラに伍すイルカ」へ
日中の〞挟撃〟に対抗…対米関係は総合的な同盟に
経済協力開発機構(OECD)の一員として東アジア経済の核をなす韓国と、世界トップの経済大国・米国が通商・投資の障壁を低くし、交流を深めれば、互いに大きなメリットをもたらす。しかも、今回の協定は関税撤廃のほか、政府調達、サービスなども含めた経済連携協定(EPA)に近く、モノ・カネ・ヒトの交流を促進するより包括的な意味を持っている。
「遠交近攻」戦略
韓米FTA妥結はまた、アジア太平洋地域のFTA網構築を加速させる動力になるだろう。日本や中国は韓国との交渉に、改めて強い意欲を表明しているほか、オーストラリア、ニュージーランドも前向きである。
これに対して韓国は米国に続いて、欧州連合(EU)と本格的な交渉に入る見通しだ。金鉉宗・外交通商部通商交渉本部長は4日、「まず遠いところ(EU)で市場を得てから、中国と日本を相手にする」と語った。いわば「遠交近攻」の戦略である。対米より早く始まった対日交渉を打ち切り、対米交渉を優先したのも、その戦略によっている。
韓国では最近、常に先を行く日本には頭を押さえつけられ、台頭著しい中国には追い上げられていて、韓国経済はまるでサンドイッチ状態にあるとの嘆きが強くなっていた。ばかりか、それぞれの国家戦略から軍事力を増強し続ける日本と中国に挟まれ、安全保障面でもサンドイッチにあるとの危機意識を募らせてきた。しかも韓国は、対北政策や韓国軍の戦時統制権の韓国移管、米軍基地移転問題などによって、唯一の軍事同盟国である米国との関係さえギクシャクさせてきた。
韓国が抱えてきた経済・安保両面の不安に歯止めをかけ、さらには日中両国への存在感を示す上でも、韓米FTAは大きな契機となるはずだ。もちろん、核を含む大量破壊兵器を開発し、韓国に政治的な揺さぶりをかける北韓に対しても、より効果的な抑止体制を築くことになる。韓国政府のニュースサイトは「韓米関係は軍事同盟から多次元の協力関係に昇格した」と強調した。
韓国の経済的・安保的な立場を強化する韓米FTAは、(EUとも妥結すればなおさら)対日・対中交渉においても、効果を発揮するだろう。日中両国は早くも、乗り遅れまいとして積極的な姿勢を表明しており、韓国も及び腰にならなくて済む。韓日・韓中のFTA交渉はもちろん、99年11月の韓日中3国首脳会談以来、懸案となってきた3国FTA交渉を本格化させる可能性も見えてきた。
韓米FTA妥結を決断した盧武鉉大統領は、03年2月に行った就任演説で、韓国は世界一流の情報化基盤を持ち、陸海空の物流基盤を整えていることを強調し、「韓半島は東北アジアの物流と金融の中心地として生まれ変わることができる」「長く辺境の歴史を生きてきた韓国は21世紀に、東北アジア時代の中心国に雄飛する機会を得た」と力説した。
東北アの中心国
盧大統領はいくつかの著書でも、「中国と日本の間に軍備競争が始まれば、韓国はついていくしかない。これに南北分裂まで続けば、東北アジアの片隅で細々と生きていくしかない」との憂慮を示し、「韓国は5大洋6大州を舞台に泳ぐ機敏で賢いイルカ」「小さくともクジラと肩を並べるイルカ」にならなければならないと語ってきた。「クジラの喧嘩でエビの背が裂ける」という、韓国の諺を引き合いに出してのものだ。
そこには、経済・軍事の両面で超大国化する中国と、経済大国であると同時に潜在的な軍事大国でもある日本に挟まれて埋没するか、再び背が裂けるエビになりかねない韓国の苦悩がにじんでいる。東北アジアの中心国家、機敏で賢いイルカとは、その苦悩を発展的に解消しようとする思いを込めたキーワードであった。
東亜日報は4日付社説で、「売国的な交渉だ」などと主張する韓米FTA阻止汎国民運動本部などに対し、「朝鮮王朝末期の鎖国政策の象徴だった興宣大院君(第26代王の父親)の亡霊がよみがえったような印象を与える」と、歴史を説き起こして反論した。
歴史性強く意識
19世紀末から20世紀初の韓半島は、半植民地化されつつありながらも「宗主権」を振りかざす清国や極東進出を狙うロシア、明治維新を遂げて西洋諸国と国交を結び、新興勢力として半島・大陸への野心を見せ始めた日本とによって、別な意味で今日のようなサンドイッチにされていた。
その当時の知識人たちは、押し寄せる欧米列強に対抗するため、韓・清・日が連合すべきであると盛んに訴え、汎アジア主義を掲げた。それが困難になると、欧米列強のなかで比較的領土的な野心のない米国と連携すべきだと論じた。しかし、国に力も決断もなく、結局は植民地に転落していった。
盧大統領は当然、朝鮮王朝末期のこうした時代背景を念頭に置いていたはずだ。同時に韓半島は、大陸勢力の中国とロシア、海洋勢力の米国と日本が利害を交錯させる地政学的な位置にあって、「東北アジアの十字架」と言われ、双方からたびたび侵略された歴史性を強く意識していた。
韓国の地政学的な立場を最も意識した大統領とされる盧大統領が、国内の、しかも自身の支持基盤の反対を押し切ってでも、韓米FTA妥結に情熱を傾けたのは、国の将来に対する危機意識であり、初志の貫徹であったとも言えるだろう。
■□
政治対立構造をかく拌
理念より現実・未来…地政学・国際的な視野で
韓米FTA妥結は、その経済的な効力の本格的な発揮こそ協定批准後であるとしても、韓国国内の政治対立構造には直ちに激変をもたらす可能性がある。
盧大統領を絶賛
「韓国は急変する世界金融の状況を的確に読み取れず、通貨危機に見舞われるなど国家的な失敗も経験したが、経済発展の内外的な動因を自らつくり出し、国の水準を引き上げた誇るべき経験も多い。セマウル運動とソウル五輪が代表的な例だ。双方とも当時の最高指導者の確固たるリーダーシップがなかったら、成功しなかったはずだ。この2つが建国後、最大の治績に数えられるのもそのためだ(1998年、ギャラップコリア調査)。韓米FTAの妥結は、それに匹敵するリーダーシップの勝利と評価するに値する」(東亜日報3日付社説)。
手放しの激賞である。中央日報も同日付社説で「何よりも盧大統領の指導力が重要な役割を果たした」と述べ、主筆コラムでも「盧大統領の過去の行いからは理解できない(中略)奇跡」であり、「わが国は恵まれた国」だとまで絶賛した。
朝鮮日報は5日付社説で、大統領に賛辞を送ることもなく、またやや慎重な姿勢ながらも、「韓国の経済・社会システムをグローバルスタンダードに合わせてグレードアップさせ、企業や産業の競争力を引き上げることさえできれば、韓米FTAは間違いなくまたとないチャンスになる」と歓迎し、「反外資・反企業の雰囲気」や、競争力を低下させる苛烈な労使紛争などを念頭に、「旧態依然とした慣行や制度を打破し、韓国経済の先進化を図らなければならない」と主張した。
一方、盧武鉉政府に近いとされてきたハンギョレ新聞は社説で、主として農業分野にのしかかる重圧、あるいは貧富の格差が拡大する可能性を強調して、絶対反対の立場を打ち出した。また、盧大統領誕生に大きな役割を果たした与党系有力議員も、「国民に対する詐欺行為」「米国への朝貢交易」あるいは「経済主権を売り渡すもの」などと激しく非難した。
保革ネジレ現象
FTA反対派に対する保守系大手紙の論調は興味深い。朝鮮日報(5日付社説)は誰が改革勢力で、誰が抵抗勢力であるかは歴史が審判すると述べ、こう指摘している。
「韓国は60〜70年代に輸出立国戦略による工業化の過程を経て、世界10大貿易国の仲間入りを果たした。当時も、海外資本を受け入れる経済発展戦略について、外国債によって国が滅びるとし、非難がすさまじかった。歴史は当時、開放政策を信じて推進した側が改革勢力であり、それに反発し街頭でデモを繰り広げた側が抵抗勢力であり、守旧勢力であった事を示している」。
盧政府と鋭く対立してきた保守系大手3紙がそろって賛辞を送ったのに反して、盧政府を支えてきた革新・進歩系とされる言論・政治人が糾弾の火の手をあげるという、際立ったネジレ現象が生まれている。韓米FTAの妥結によって、「改革」をキーワードに保守と進歩が攻守ところを変えた格好だ。
韓国は盧政府の出帆以来、対北政策や近・現代史の総括をめぐって激しい葛藤を繰り広げてきた。それは保守対進歩という図式だけでなく、産業化世代対民主化世代、あるいは親日・親米勢力対親北・反米勢力といった構図で語られてきた。
国益優先指向も
この対立構図を規定するものは、対北政策のあり方や祖国統一への姿勢、韓国政府の正当性および開発独裁といわれた政権下での経済発展と民主化運動の相関関係など、イデオロギー・理念のぶつかり合いであった。これは南々葛藤と呼ばれ、嶺南と湖南の東西反目とも絡んで、国民をほぼ2分しつつ、対立関係を固定させてきた。
韓米FTA妥結は、そうした対立構造を大きく瓦解させる可能性が高い。まず第1に、推進派・反対派もともに与野党を超えて横断的であるように、利害が理念対立を超えて錯綜していること、第2に、決着のつきにくい韓国内・民族内の理念葛藤とは違って、経済的な利害に直結しているほか、国の将来を広く国際的な視野に立って考えざるを得ないテーマであることなどによる。
韓国国民は朝鮮朝末期の歴史的な経験と、韓半島の地政学的な立場を絡めた、スケールの大きい課題を突きつけられたのである。
保守・進歩のネジレ現象は、様々な葛藤とも連動し、年末の大統領選挙に向けてさらに強まろうとしている。そうなればそうなっただけ、政治対立構造はかく拌され、政治テーマが理念闘争の次元から現実的な未来志向の問題へと、シフトしていくことになるだろう。
(2007.4.11 民団新聞)