掲載日 : [2007-04-25] 照会数 : 8000
<民論団論>韓国スポーツ新世代
鄭純幸(スポーツライター)
ハングリー精神を超えて
進化の波 在日社会にも波及
75年6月7日。当時6歳の私はハラボジのひざに抱かれ、柳済斗と輪島功一のボクシング世界タイトルマッチを初めてテレビで観戦した。釣りあがった目に、えらの張ったごつい顔。当時、韓国のスポーツ選手たちは、ハングリー精神と悲壮感が「顔面登録」だと揶揄されるほど、一様に同じ顔をしていた。
しかし、彼らの鬼のような形相が忘れられない。生活、家族、歴史、名誉。彼らが背負っているものの重みは、ブラウン管を通してもなお、強烈に感じられた。
どんな実力差も、劣勢も、精神力でそれをカバーする。韓国人にしかできない、韓国人だからこそ可能であった奇跡のような逆転劇を見るたびに、彼らと同じ血が流れている自らのルーツに感謝した。そして、あの強さが、自らにも宿されていることを祈った。
先日、東京で行われた世界選手権に出場し、ショートプログラムの演技を翌日に控えた金妍兒選手の練習を見学する事ができた。公式プログラムには身長163㌢㍍、体重46㌔と書かれていたが、数字以上にスラッと長い手足と小さな顔が印象的であった。
大会前に腰痛の悪化が伝えられると、「ライバルである浅田真央を油断させるための作戦ではないか」といった心無い報道も見られた。普段から無口で大人しく、あまり闘志を表面に出さない、控えめな性格と自己分析する16歳の金妍兒選手。かつては腰痛と足首の怪我に耐え切れず引退まで考えたという。
しかし、練習の合間に何度も顔をしかめ腰を押さえながらも、決して練習をやめることのない金妍兒選手の姿に、揺るぎない芯の強さを感じ取ることができた。腰痛に耐えて出場したショートプログラム。会場からスタンディングオベーションが起こる完璧な演技で見事に世界最高点を獲得。翌日のフリーでは2度の転倒が響いたものの、銅メダルを獲得する快挙を成し遂げてくれた。
その翌日、水泳の世界選手権では17歳の朴泰桓が400㍍自由形で優勝。直前の豪州合宿で世界王者のハケットを驚かせた猛練習を感じさせないさわやかなルックスは、これまでの韓国人選手像を大きく変化させた。2人は普段から仲が良く、趣味はパソコンという現代っ子の朴泰桓と金妍兒は、さっそくお互いの健闘を称え、お祝いのメールを送りあったという。
腰痛に耐え、笑顔で世界最高点を叩きだした金妍兒の美しい演技。荒波を乗り越えるしなやかな力泳で、未来を切り拓いた朴泰桓のラストスパート。そこには、純粋に自らの努力で勝ち得た技術と、韓国社会で育まれた芯の強さを武器に世界へ羽ばたこうとする韓国スポーツの進化を見るとともに、韓国人の進化を見ることができる。
そして、その進化の波は、確実に在日社会にも押し寄せている。本名で日本国籍を取得し、五輪日本代表として活躍するサッカーの李忠成選手。高校横綱の輝かしい経歴を誇り、今場所から春日野部屋で活躍する大相撲の李大源選手。
かつて、多くの在日スポーツ選手が味わった苦難を打ち砕く新しい息吹と可能性が、彼らの姿にはみなぎっている。差別や逆境をバネとした精神力を越える何かが、そこにはある。
新たな韓国人像を切り拓く、新世代スポーツ選手たちの、ますますの活躍を期待したい。
(2007.4.25 民団新聞)