掲載日 : [2008-04-16] 照会数 : 6267
イルボンで出会いのエッセイ<10> 金益見
忘れよう そして許せるように
大学時代の先輩が「俺は〞愛している〟と言われるよりも〞私はあなたを許します〟と言われるのが、一番感激する」と言っていた。
その時、私は10代で、先輩の言っていることの意味がわからなかった。だけど何となく大切なことのような気がして、ずっと覚えていた。
そして、20代後半になった今、〞許す〟ということが、愛することよりもずっと深く難しいことなのだとわかってきた。 〞許す〟ということは、奇跡のような行為だ。時間も忍耐も悟りも愛も、そしてタイミングも必要とする、とても困難なことだと思う。
唯一の例外である親という存在を除いては(親の愛は、許すことから始まっているから)人を簡単に心から許すことのできる人を私は見たことがない。
大人になるにつれ、さまざまなことがあり、人のいろんな部分に触れる。人は本当に多面的で、神様みたいな人もいなければ、悪魔のような人もいない。どんなに腹の立つことがあっても、それがその人のすべてではない。わかっていても許せない。許すことは、決して諦めることではないから難しい。
「私はあなたを許します」なんて、簡単にはいえない。そりゃ先輩も感激するだろう。
そんなことを思っていた時、私は木村充揮さんに出会った。木村さんは天使のダミ声を持つと言われている、在日2世のアーティスト(元「憂歌団」のリード・ヴォーカル)である。まきずし大作戦のインタビューがきっかけでお会いすることができた。
「俺は覚えることよりも、忘れることの方が大事やと思ってるねん。よく悪いことは忘れろとか言うけど、いいことも忘れたらいいと思う。そうすると、今を大切にできる。過去にひきずられると、今をちゃんと感じられんくなるから」
許すことができない私は、できない自分さえも許せなかった。
過去でも未来でもなく、今を感じることを大切にする木村さんの言葉は、許すということができずに苦しんでいた私に新しい光を与えてくれた。
これからは、忘れよう。そして今をとことん感じよう。そうして感じながら心を磨いていくうちに、許せるようにもなるだろう。ぼちぼちいこう!
(2008.4.16 民団新聞)