「虐殺なかった」に危機感
各地市民団体
1923年の関東大震災時に引き起こされた同胞らへの蛮行から間もなく90年を迎える。虐殺の舞台となった東京、神奈川、埼玉、千葉では、市民が、学習会や講演会、映画会、フィールドワークなどを通じ、次代への記憶の継承に努めようとしている。民団は9月1日の祭祀を節目の年にふさわしいものにする意向だ。
90年の節目を前にして、東京都教育委員会がすでに、高校日本史の副読本『江戸から東京へ』において「虐殺」を「命を奪われた」に記述を変更。
横浜市教育委員会も右派系市議からの指摘を受け、今年度改訂版から市立中学校用副読本『わかるヨコハマ』に記載されていた「虐殺」をもとの「殺害」に戻した。
官憲側が朝鮮人の命を奪ったのは公文書ですでに明らかであり、日本政府の中央防災会議でも認めている歴史的事実だ。虐殺事件があたかもなかったかのような言説が横行しつつあることに、市民団体側は「歴史の隠ぺいが加速化している」と危機感を強めている。
横浜市立小学校の元教員、山本すみ子さんはかつての教員仲間に呼びかけて今春、「関東大震災時朝鮮人虐殺90年神奈川実行委員会」を立ち上げた。「歴史事実と経緯をしっかりと受け継ぎ、虐殺事件の実相を特に若い世代に伝えたい」と、横浜市内を中心としたフィールドワークや映画会、講演会を実施している。
これから上映する映画は、「麦の会」が製作した記録映画「払い下げられた朝鮮人 関東大震災と習志野収容所」(7月13日)と同「隠された爪跡」(8月24日)の2本。在日同胞の呉充功さんが当事者からの聞き取りがまだ可能だった80年代に監督を務めた。これらの映画は9月1日、横浜市内のミニシアターでも上映される予定。
また、研究者が中心となって昨年11月に発足した「関東大震災90周年記念行事実行委員会」(山田朗実行委員長、明治大学教授)は発足以来、ほぼ1カ月に1回のペースで「学習会」を重ねている。8月31日には都内で締めくくりの「記念集会」を開く。
事件現場の一つ、東京・墨田区八広の荒川河川敷(木根川橋下手)では、市民団体が9月7日、「韓国・朝鮮人殉難者追悼式」を行う。在日同胞声楽家の李松子さんが「アリラン」「鳳仙花」を歌う。続いての「ほうせんかの夕べ」では若手の在日同胞歌手2人のミニコンサートも予定している。
主催団体代表は、「排外主義を排して、多民族が共に、幸せに生きていける社会になってほしい」と話している。
一方、「千葉県における関東大震災と朝鮮人犠牲者追悼調査実行委員会」でも習志野、八千代、船橋の3カ所で掘り起こした歴史事実を9月1日までに「ガイドブック」としてまとめ、発行する。
民団も例年以上の意気込み
民団船橋支部(李鍾一支団長)は毎年9月1日、同支部会館内で祭祀を執り行っている。今年は県内各支部からくまなく役員の出席を仰ぐ。例年になく大がかりな追悼の場としていきたい考えだ。
船橋は東京から避難してきた同胞ばかりか北総鉄道(現・東武野田線)の工事で働いていた同胞労働者と、その家族も犠牲となった。1947年に在日朝鮮人連盟が市内の馬込霊園に慰霊碑を建立した。
群馬は自警団による同胞惨殺の現場となった藤岡警察署に隣接する成道寺で、市民団体が9月上旬に追悼式を行っている。民団群馬本部(朴碇用団長)はこれまで直接の関わりを持ってこなかった。だが、今年は「節目の年だから」と、独自に祭祀を行うことも検討している。名前の分かっている犠牲者17人の位牌をつくろうとの話も出ている。
このほか、東京と神奈川、埼玉の各民団でも慰霊・追悼(追念)の式典を予定している。
(2013.6.12 民団新聞)