朴大統領を閔妃に比喩
日本の蛮行 棚に上げ
産経新聞の1面コラム「産経抄」(8月24日付)は、米国と中国に対する韓国の外交姿勢をイソップ物語のコウモリにたとえ、「コウモリは後に鳥の世にも獣の世にも居場所を失い、光の国を追われた。朴槿恵大統領には肝に銘じてほしい教訓である」と書いた。
国際秩序の改変を企む中国・ロシアの動きや、北韓の軍事的脅威を封じるには「日米韓の連携」が必要であるにもかかわらず、韓国は日本に「歴史戦」を仕掛け、中国にはすり寄っている、だから許せない、というのだ。
盗人猛々しい
こうした「朴槿恵憎し」の論説をあの手この手でひねり出してきた産経新聞にあって、ますますひどくなっているのがDNAゆえに体内で生じた有毒物質が自らを侵す自家中毒症状である。同紙電子版(8月31日付)で流された政治部専門委員の「米中二股 韓国が断ち切れぬ『民族の悪い遺産』」と題したコラムを「問診」するだけでそれが分かる。
李氏朝鮮は末期、清・日本・ロシアと事大先をコロコロ変えた。その度に日本は存亡の危機に瀕した。日清戦争の火ダネ、日露戦争の誘因の一つも朝鮮がつくった。
そのDNAを色濃く継承する韓国は、中国主導の金融秩序に身をささげ、朴大統領は北京の《抗日戦争勝利70年記念》軍事パレードを参観する。いずれも、米政府の反対をすり抜けて。
李氏朝鮮には朴大統領のような女性権力者がいた。第26代王・高宗の妃・閔妃である。(その)閔妃は暗殺された。
もはやつける薬がない。「憎韓」勢力を広げ、なおかつその先頭に立つことで、日本での位置づけを鮮明にし、読者を固めようとする計算にとらわれてか、自家中毒症の自覚・感覚がない。
日清・日露戦争の主な要因は、列強勢力からの「防波堤」とすることを名分に、実は大陸侵略への兵站基地として、韓半島を支配しようとする日本の野欲にあった。非力な朝鮮が右往左往したことさえ巧みに利用しておいて、「盗人猛々しい」もの言いである。
そして、閔妃(明成皇后)暗殺への言及だ。しかし、殺害したのが日本人であることには触れていない。日本にとっても近代史に刻まれた恥ずべき蛮行だからであろう。
公使や軍人および40人以上の民間人で構成された下手人集団は、景福宮に乱入し、無防備だった閔妃や側近を寄ってたかって惨殺した。国際社会から糾弾されると日本は下手人を裁判にかけ、型通りの審理を経て全員を無罪放免している。
この蛮行を知る日本人は少ない。しかし、韓国人にとっては今なお、憤怒を呼び覚ます大事変である。しかも、朴大統領の母は、父・朴正熙大統領を狙った凶弾に倒れ、父もまた暗殺された。本人も凶刃に見舞われている。あえて閔妃になぞらえることで、朴大統領を《筆で殺す》にとどまらず、身辺の異変に期待を込めたと言える。
コラムには「過度な米軍依存の成否は、わが国も検証の必要がある」ともあった。米国と中国に対するに、安倍政権は米国一辺倒であるにもかかわらず、米国はいついかなる時も確実に日本を選択するのか、疑心暗鬼が消えない。状況によっては、堅固な同盟関係にある日本より、敵対的共存関係にある中国を重視する可能性もあるからだ。
憲法違反と糾弾されながらも安保法制成立にしゃにむに突き進むのは、その可能性を狭めるための対米追従強化にほかならない。日本の国民意識とかけ離れた対米事大主義こそ問われるべきではないのか。
コラムはまた、「米国の頭ごなしに(6・25韓国戦争時、敵国だった)中国と誼を通じること」は、韓国の国ぐるみの倒錯だとも言った。であれば、原爆を2発も落とした敵国であり、「不当な東京裁判」を主導した米国にすがる日本は「倒錯」していないのか。
安倍政権には日米同盟をかなめに韓国、東南アジア諸国やインドなどを取り込み、中国・ロシア・北韓に対抗すべきだとする意識が根強くあるようだ。しかし、旧冷戦と同じような構造づくりへの加担は、韓国が賛同できるものではない。
国際的な使命
韓半島の半分強の地域に同族2500万の人口を有する北韓が存在し、そのリスクを管理しつつ統一を実現する国家使命が韓国にはある。これは東北アジア、さらには東アジアの平和と発展に資する国際的な課業でもある。韓国が韓米同盟と韓日連携を後ろ盾にしながらも、情勢を見極めつつ中国、ロシアの力量を取り込もうとするのは当然のことだ。
日本の植民地支配と戦争政策が韓半島の分断要因と無関係だったわけではない。その日本が韓国戦争の特需で経済復興を遂げ、東西対立の最前線ゆえの重圧に苦しむ韓国を横目にソ連(56年)、中国(72年)と国交を結び、経済活動領域を拡大してきたことを忘れたわけではあるまい。
韓国はソ連と90年に、中国とは92年の国交樹立だ。ようやく多元外交が可能になったのである。米日・中ロの対決構造が固定化する兆しがあるだけに、それを食い止める機能を併せ持つ韓国の南北統一への多元外交こそ、戦略的に大きな価値を持っている。
(2015.9.9 民団新聞)