掲載日 : [2004-08-15] 照会数 : 4621
ウトロで住民500人デモ 強制代執行の動きに危機感(04.8.15)
[ 集会後、デモ行進するウトロ地区の住民ら ]
【京都】京都府宇治市にある同胞集住地区、ウトロに住む住民が、「不法占拠」を理由に早ければ年内にも強制代執行によって住み慣れた住居とコミュニテイを失おうとしている。危機感を持った住民たちは8日、現地で「ウトロを守る緊急集会」を開いた。住民は東京や沖縄など各地から集まった支援者とともに500人余りで〞人間の鎖〟をつくり、「この町に住み続けたい」と声をからしながら叫び続けた。
「ウトロを守る会」の厳明夫事務局長によれば「昨年12月にウトロの土地所有者が代わり、5月から7月にかけて解体屋と不動産屋が週2,3回入れ替わり立ち替わり下見に来ている。早ければ年内にも解体作業に入るかもしれない」と話す。
住民は業者がウトロを下見に来るのを見るたびに緊張と不安にさいなまされてきた。裁判闘争でも最高裁が00年11月、最後の住民の上告を棄却、「建物収去・土地明け渡し命令」の判決が確定しているからだ。いつ強制立ち退きにあっても不思議ではない。事態はそれだけ切迫している。集会後は近鉄大久保駅までの1・5㌔㍍をデモ行進した。
デモ隊列に加わっていた金真木子さん(64)は「44年間住んでいる。住み慣れたこの町で死ぬまで暮らしたい」と話した。痛む足を引きずりながらデモに参加した80歳のハルモニも「ブルドーザーが入ってきても、ひき殺されても出て行かない。私の人生はここが最後です」と訴えた。
ウトロ地区は広さにして約6400坪余り。現在でも65世帯200人が暮らす。
■□
ウトロの歴史
第2次大戦中、宇治市に計画された軍需飛行場建設のため全国から集められた労働者の飯場(宿泊所)がいまのウトロの前身。労働者2000人のうち1300人が徴用などの韓国人だった。飛行場建設工事は日本の敗戦とともに中止となり、飛行場と付帯設備は進駐軍が接収した。韓国人労働者は、基地周辺の土地を耕し、米軍の演習場で砲弾の破片を拾って生活の足しとしてきた。
(2004.8.15 民団新聞)