掲載日 : [2004-08-18] 照会数 : 3379
検証「外国人お断り」〈上〉 寄稿=「都庁任用差別を許さない会」(04.8.18)
[ 最高裁に提出する要請署名に協力する団員(日比谷公会堂で・15日) ]
「法治」揺るがす旧時代の発想
「外国人が原則として国の公務に参加することを得ないことは公務の性質からして当然の事理」「(公務に就くこと)外国臣民に此の権利を及ぼさざること知るべきなり」。
初めの文章は、美濃部達吉が1927年に記した「逐条憲法精義」。次のは伊藤博文の「憲法義解」に出てくる文言です。帝国憲法の下でも「外国人お断り」は「法律に明らかにこれを定めているものはないが」(美濃部)「専ら本国人の享有する所として之れを外国人に許さざるは各国普通の公法なり」(伊藤)と言い張っていたのです。
ここに、「平成10年2月5日上告理由書」という文書があります。東京都と在日の保健師・鄭香均さんとの裁判において、「管理職試験の受験を認めない東京都は憲法違反」とした東京高裁の判決を不満として最高裁に上告したときに作成されたもので、東京都の外国籍市民に対する「参加お断り」の考え方がよくあらわれているものです。
東京都は「公務に就任する権利は、その性質上、当該国家の主権者である国民にのみ保障された権利であることから、外国人は、これを憲法上保障された権利として主張することはできない」「国際的にみても、外国人が当然に公務員になる権利を有するものとは認められず」と主張しています。
戦後になり東京都の職員も「天皇の官吏」から法律に規定される「公務員」となり、その要の「地方公務員法」に「国籍制限」がないにもかかわらずなのです。
東京都は法律を検討するよりも以前の問題として「ものの考え方」を伊藤博文や帝国から学んでいたのではないかと思えてきます。
こうした考え方が白川大臣にも東京高裁にも他の大都市からも見放されたものであるとしても、このこだわり方と考え方は、法治の時代にとっては異様にして危険なものです。
「都庁国籍任用差別撤廃裁判」が始まった時の知事は、満州国の法務官僚であり戦後になって「地方公務員法」の作成を行った鈴木俊一であったことを合わせて考える時、この国でも東京においてでも「法治」を希求するものがだれであり、破壊するものがだれかであるかは明瞭になっています。
教科書問題で都立学校で伊藤や鈴木の後継者たちからの「悪さ」が目立つ今日、外国籍・日本籍を問わず、市民の、都民の、住民の闘いの一環として「国籍制限」を許さない取り組みをともに進めていきたいと思います。
(2004.8.18 民団新聞)