掲載日 : [2009-01-28] 照会数 : 8560
<生活>共生教育に奮闘 桜本保育園
[ 桜本保育園には各国の人形がずらりと飾ってある
]
[ 南宮成根副園長 ]
多国籍の子に 自分らしさを
80年代後半から、公立・私立の保育園で外国にルーツを持つ子どもたちの姿が増えてきた。言葉や習慣など、異なる文化を背景に持つ園児たちにどう接すればいいのか。保護者との信頼関係の構築や、コミュニケーションをどう図っていくのか−−。保育園の現場ではさまざまな課題を抱えながら、多文化共生を視野に入れた保育の模索が続いている。個々の持つ文化や個性を大事にしながら、長年にわたって取り組んできた神奈川県の保育園2カ所を訪ねた。
「ほら 家の味だよ」
給食で学ぶ文化やルーツ
川崎市内で多文化共生保育の実践を続ける桜本保育園は、69年に在日大韓キリスト教会が母体となり、無認可保育園を開設したことから始まった。74年には社会福祉法人青丘社を設立、許可保育園となり現在に至る。
現在、園児は60人。韓国・朝鮮、中国、フィリピン、ブラジルなどの南米にルーツを持つ園児たちがいる。桜本保育園独自の取り組みの一つとして興味深いのは、誕生日月、記念日、イベントに提供する行事食として、各園児たちの家庭料理を出していることだ。
家庭料理の再現には、栄養士が保護者から聞き取りをするほどの徹底ぶり。さらに子どもたちに料理を出すときも、「これは○○ちゃんのおうちの味だよね。おいしいよね」とさり気なく言葉を添えて、みなの共感を感じられるように配慮する。
桜本保育園の南宮成根副園長は「僕たちは大袈裟なことはやっていません。目の前にいる子どもや家族のために提供しているだけ。食べるということは一番、緊張している子どもや保護者を安心させることができるんです」と気負いはない。
知って欲しい文化の素敵さ
00年から桜本保育園の栄養士として、日々の食事作りに神経を配るのが在日韓国人3世の林美佐さんだ。子ども一人ひとりが持っている食も含めた文化を隠したり羞じたり、かっこ悪いと思わずにいてほしいと願う。「自分の文化やルーツは素敵なんだと思ってもらえるようにしています」と語る。
給食を出すうえでのテーマは「わが家の味をみんなで分かち合おう」。「普段食べている家の味をみなで共有することで、友だちの文化やルーツと自然な形で出会っていきます」。でも食べたことも見たこともない料理の聞き取りや、再現には正直、時間も手間もかかる。
そこまでして家庭の味にこだわるのは、子どもたちの自信に満ちた笑顔が待っているから。料理を出すとき、全員の前で名前と料理を紹介する。
「本人は照れくさそうですが、きらきらしています。60人のなかでたった一人だけにスポットライトが当たるときなんです。これから社会に出て行ったときに、自分が嫌になったりすることもあるかもしれないけれど、一瞬でも輝く経験をした子が、その思いを糧に自分を大事に生きていってほしいから」。美佐さんはその思いを、一皿一皿に込める。
在日の経験生かし多文化保育へ
桜本保育園のある地域は60年代後半、社会福祉施設はおろか、保育所や公園整備も遅れていたため、子どもたちは道中にあふれていたという。無認可の保育園を開設した当時は、在日同胞をはじめ、多くの日本人も入園した。
南宮副園長は「それまでは在日と日本人しかいませんでした」。だが、時代の変化とともに在日を取り巻く環境も変化してきた。
80年代後半から多くの保育園で、外国にルーツを持つ子供たちが増えていく。「そのころから民族保育の模索から、多文化共生保育の模索へ変わっていきました」。それまで培ってきた在日の経験を生かし、新たな段階に入っていく。
「僕たちはコリアンの文化は分かっていても、ほかのニューカマーの文化は何も分からない。彼らは彼らで保育園に入るノウハウを知らないし、言葉もできない。だからこちらから近寄って話しかけ、福祉事務所に一緒に行くくらいしかできなかった。彼らが違ったルーツや文化を持つことをどうしたら、大切にしていけるのかと考えた」
ブラジルをはじめとする外国籍保護者から、いろいろなことを学んだ。厳しい環境で育った在日同胞とは違った、ニューカマーの人たちの苦しみを初めて知った。保護者と同じ目線での対応を心がける。無理や押しつけはしない。保育園と保護者をつなぐ連絡ノートも、日本語が分からないから母語で書いてもらう。言葉の分かる職員や、各言語の辞書を用意すればすむことだ。特に家庭では、母語で子どもに接してほしいと伝える。
当事者の隣に寄り添いたい
「みなが同じである必要はない。本当は違っていることは心を豊かにすることなんです。でも一歩社会に出たときに、彼らが抱えている厳しさはなんら変わらない。それをこの小さな保育園が子どもの保育だけではなく、子どもの家族を支えていこうというのが桜本保育園のスタイルだと僕は思っています」
「いろいろな重みや辛さを持つ当事者の隣に寄り添えるか、共感できるかが一番大事なこと。この地域でどんな国籍・文化を持っていようとも、誰もがたくましく生きていけるんだと思えるようにしたい」
(2009.1.28 民団新聞)