掲載日 : [2017-10-11] 照会数 : 7213
旧荒金鉱山でも…民団と岩見町共催
【鳥取】1943年の鳥取大地震で犠牲となった韓半島からの徴用同胞とその家族28人、および日本人の合わせて65人を慰霊する第75回忌式典が9月10日、岩美郡荒金の供養塔前で執り行われた。今年は5年ぶりに岩美町(榎本武利町長)と民団鳥取本部(薛幸夫団長)による共催。前半は仏式、後半は民団側が伝統の儒教式に則ったチェサ(祭祀)を行った。
薛団長は犠牲者65人のうち、20有余人の遺体は収容されずいまだ地中に眠ったままであると指摘。「遺体を収容、発掘する責務と課題が残っている」と述べた。そのうえで「荒金こそ在日の原点の地。これからもここに立ち続ける」と誓った。
犠牲となった同胞は日本鉱業株式会社岩美鉱業所で厳しい条件の下で働かされていた。地震で流出した大量の鉱泥は同胞労働者の飯場を直撃し、さらにその下の荒金集落まで襲った。同胞犠牲者の遺体は泥流のいちばん下から2体のみ見つかった。日本鉱業は48年に事故現場に供養塔を建立し、犠牲者を慰霊するようになった。
(2017.10.11 民団新聞)