ギリシャ神話に「モイライの三姉妹」と呼ばれる女神たちが登場する。
長女のクロトがまず人間の一生を1本の糸として紡ぐ。そして次女ラケシスが糸の長さを測り、最後に三女のアトロポスが鋏で糸を切ることで長さを「調整」する。人間の運命はあらかじめ定められたものであるとの謂われだが、糸は突然切られることもある。
韓国でMERS(中東呼吸器症候群)により多数の死者がでた。すでに沈静化しつつあるが、これなども女神のミスやイタズラのせいにはしかねる。現世の不注意を責任転嫁されては女神もたまらないだろう。
一方日本では、新幹線内での焼身自殺事件によって二人の死者がでた。一人は自ら命を絶とうとした高齢の男性。もう1人は整体師の50代女性だ。伊勢神宮へのお礼参りに行く途中だった彼女は、男性との面識は一切無く、「その車両にいた」だけのことだった。事情はどうあれ、周囲を巻き込まざるを得ない状況での焼身自殺など許されることではない。何が運命を分けたのか、それをつかさどるという女神たちに聞いてみたい。
日本では今、集団的自衛権の法制化問題が人々に危機感を抱かせている。戦争を防ぐのか、巻き込まれるのかの議論さえ封殺しようとする空気が強いなか、はっきりしているのは戦争を現実的に想定し始めたということだ。日本人に長寿を与えてきた女神たちも気がかりだろう。
ラテン語には「メメント・モリ(死を思え)」という言葉がある。いずれ人には死が待っているということを忘れるな、という戒めの言葉とされる。これまでの日本の平和に、心から愛おしさを募らせる日本人は増えていくのだろうか。(Z)
(2015.7.8 民団新聞)