科学は自然現象を解明する知的活動であり、技術はその知識をもとに豊かな社会を実現する手段です。科学技術は人類だけが所有する、人類にとり最大の宝と言えます。科学技術はいつの時代においても、どの地域やどの民族にも平等に共有される人類普遍の宝です。韓国も在日同胞社会も例外ではありません。産業革命以来、人類は科学技術と産業の発展の恩恵を受け急速に繁栄し、今日では科学技術は国の繁栄の礎となっています。それを担うのは科学技術者です。
■□
科学技術は国造りの礎
韓国急成長の原動力
今年2015年は、1945年の光復と民族分断から70年目です。この間の南北間、韓日間の出来事に科学技術が深く関わってきました。特に重要なことは、韓国と日本が科学技術を国の発展の礎と位置づけ「科学技術創造立国」の理念を共有していることです。
韓国が華々しく世界舞台で活躍するのも科学技術を積極的に振興したからです。朴正熙大統領以降歴代大統領により引き継がれた経済開発と技術振興策のおかげで、研究費対国内総生産(GDP)比で韓国は世界第1位(2012年度)、人口及び労働力人口1万人当たりの研究者数では日本に次いで第2位(2011年度)にまでなりました。
このような科学技術の継続した発展を背景に韓国企業が世界市場で大活躍し、韓国の経済が急成長したことは周知の通りです。科学技術力は国力であり、国内では豊かな国造りの原動力となり、国際社会では信頼と影響力の源となるものです。
■□
光復直後の在日科学者
帰国、復興に尽くす
科学技術は母国を豊かにしました。同じように科学技術は在日同胞社会を豊かにします。その担い手は在日同胞科学者で、光復後70年の間、世代が変わっても役割は引き継がれています。
日本による併合時代、日本国内には約200人の韓国人青年が大学で科学技術分野の勉学に励んだと言われます。光復後彼らのほとんどが祖国に戻り国造りに努めました。代表的例をあげると蔬菜の自給体制を整えた禹長春博士(東大)、自然科学の教育に尽力した韓国最初の理学博士の李泰圭博士(京大)、ソウル大学の工学部長となった李升基博士(京大)、農業復興と農学徒育成に尽力した趙伯顕博士(九大)、文教部長官となり6つの博士号を取得した閔寛植博士(京大)、韓国科学技術研究所(KIST)初代所長の崔亨燮博士(早大)などです。
光復後、在日同胞社会で科学技術分野の頭脳が最初に一つにまとめられたのは6・25動乱を契機に社会科学、人文科学、自然科学の学問を通して祖国復興に貢献しようと自主的に設立された「新韓学術研究会」(1952年11月)でした。6・25という「史上最も惨酷なこの民族的受難を目のあたりにして…ペンを銃に変える悲愴な決意の下に…東京の片隅で呱々の声をあげた」(新韓学術研究会「沿革」から)設立時の先人たちの思いは「2・8独立宣言」を発表した在日朝鮮人留学生と通じるものがありました。強い思いは強烈な民族愛と鮮明な歴史認識、そして日本の最高学府で学んだ者の責務感からほとばしるものでした。
■□
現在の科学者と在日科協
83年に協会発足
先人の強い思いは後進たちにも引き継がれています。在日韓国科学技術者協会(在日科協、1983年10月設立)も、時代背景と社会的環境が大きく異なるものの、在日同胞科学者としての責務を胸に、歴史の変革者を自認しながら熱い思いと緊張感を持って発足し、活躍しています。
この間、科学技術の価値認識や競争がグローバル化しその進歩は著しく、韓国が急速に成長したことに加えて「在日」特有の背景がありました。居住国日本には「南北」が共存することや対韓国警戒論があることに加えて、同胞科学者間に韓国の政治情勢や海外同胞政策に対する違和感が醸成されていました。
しかし一方で世代の交代に伴い在日同胞科学者人口が増加し、名門大学や国立研究機関で世界的な研究成果を出すなどの恵まれた機会も増え、世界視野でより高い目標をめざす意識の変革が起こるようになってきました。
いわばグローバルスタンダードの中で世界に挑戦する現在の在日同胞科学者は、先人たちよりも遥かにチャンスに恵まれ、たくましく成長している一方で、「在日」の伝統的とも言える繊細さを持っています。これを共有し十分な配慮を払い、高水準な集結の場となるのが在日科協です。
■□
広がった活躍の機会
「任用法」以前は苦渋も
光復前、極めて限られた数ではありましたが、在日同胞科学者が旧帝国大学の教授として最先端の研究・教育に能力を発揮しました。科学は能力と業績が客観的に評価されるためです。その後機会は拡大し、約100人の在日同胞科学者が日本国内の大学で理系の准教授・教授となり、その中には国立大学の副学長や著名な学会の長という重責を担う科学者も少なからず輩出しました。そしてこれらの数は確実に増えています。しかし、ここに至るまで先人たちの苦痛と努力があったことを忘れることはできません。
「日本の国公立大学には、外国人で正規の教授会メンバーとなっている助教授・教授は一人もいない…私立大学にも教授会の構成メンバーに外国人教員は殆どいなかった」(徐龍達桃山学院大学名誉教授)時代、在日同胞科学者も例外ではありませんでした。そして1982年8月、「国公立大学外国人教員任用法」が成立し、1984年2月に在日同胞科学者採用第一号が発令され、その後その機会が徐々に拡大されながら今日に至っています。
一方「任用法」の前に能力も業績も十分に備わっていながら意に反した判断をせざるを得なかった先人たちは、どれほど無念な思いをしたでしょうか。その苦労と努力の上に今日の在日同胞科学者の活躍の機会が広がったのです。そのような先人たちに共通したことがあります。皆さんが意気自如として個性豊かで、科学者としての姿勢は誠実そのもので亡くなるまで研究を続けられ、後進の育成に誠に熱心でした。このような在日同胞科学者を身近に接した日本人科学者が能力と人柄を十分に理解していたからこそ、後進が良い機会に恵まれるのだと思います。幸いその人的遺産は現在も引き継がれ、在日同胞科学者の活躍の機会は着実に広がっています。
■□
在日社会における役割
民族への評価支える
科学技術は国籍、性別、年齢などとは関係なく優れた研究と研究者個人が国際的に評価される世界です。科学者は本名で研究成果を世界中に公表し、偉大な業績はマスメディアによって世界中で報道、賞賛されます。科学の進歩や人類社会の発展に大きく貢献するからです。在日同胞科学者にとっては、充実感をもって民族的アイデンティティーを自覚する機会になります。科学技術に国境はありませんが、在日同胞科学者は〞在日〟であることをよく認識しています。優秀な在日同胞科学者を通して在日同胞社会と韓国、そして教育と指導を受けた日本が世界中から高く評価されるのです。
科学者は豊かな専門的知識と経験を持ち、物事をよく、深く理解する専門家です。人並み外れた問題解決能力を持ち、問題の分析と解決に正確性と客観性を与えます。そして問題を解決するための行動やその所産を評価する基準を持ち、その評価基準で自分を厳しく律し他人を冷静に評価できる人たちです。さらに、科学的手法を身につけていることから能動的で自律的に知識を獲得する術を持ち、予測困難な状況や問題に対する対応能力に長けています。
21世紀の世界はあらゆるもののグローバル化と融合、急速な変化などにより予測不可能な混沌とした時代と言われています。私たちは、「進化論」で有名なダーウィンの言う「強いものが生き残るのではなく、適応力あるものが生き残る」時代にいます。その中では知の集団と、個々人ではヒトとしての普遍的な能力、資質や専門性、それに在日韓国人としてのアイデンティティーが求められます。多くの在日同胞科学者はすでに新時代のフロンティアにいます。在日同胞科学者は在日同胞社会を豊かにする知の結集の原動力であり、夢の実現者です。
■□
同胞科学者に託す夢
「ノーベル賞」もいつか
在日同胞科学者に託す夢とは何でしょう? それは世界中の科学者の夢であるノーベル賞(物理学、化学、生理・医学のノーベル科学賞)ではないでしょうか? ノーベル賞はオリンピックの金メダルと同様、個人の卓越した業績に対して与えられる科学分野の最高の賞です。この受賞は個人はもちろん国、民族に最高の名誉をもたらします。韓国では受賞者が一人も出ていない一方で、日本は受賞者19人、さらに候補者が続出すると評価されている「ノーベル賞大国」です。これは明治時代から、北海道から九州に至る旧帝国大学を中心として築いた知のインフラ(「知の拠点」、「知の系譜」、「知の支え=ものつくり」)が生み出すものです。この環境と伝統の中で高度な教育と指導を受け、世界的な研究をする在日同胞科学者はチャンスに恵まれています。
無からではなく、それまでの知識を継承し発展させるのが科学です。世界最高の知の系譜に属することは科学者にとり極めて重要な要因です。ノーベル賞受賞者の系譜からノーベル賞受賞者が出ることは自然と言えるからです。日本でノーベル賞受賞者を多く輩出する素粒子・原子核物理学と工業化学分野をはじめ、このような知の系譜に属する在日同胞科学者は少なくありません。
日本では素粒子・原子核物理学の登竜門と言われ多くのノーベル賞や文化勲章の受賞者が受賞している「仁科記念賞」、韓国を代表する「大韓民国学術院賞」を含めた日本、韓国、海外の名誉ある賞を多くの在日同胞科学者が受賞しています。これからも受賞者は増えます。日本で活躍することは世界で評価されることです。科学分野に進む後進たちがこのような機会に巡り合うことは難しいことではありません。派手さのない在日同胞科学者の世界は確実に発展し、後進が育っています。
大きなチャンスを手にするためには、知の探究に徹したひたむきな研究姿勢など科学者としての基本的な資質が求められます。高価な機器と充実した施設で最先端の実験をおこなう必要があります。その実験の場に世界最高のエートスが根付いていることも必要です。幸いこれらはどれも、在日同胞科学者が属する日本の大学や研究機関で満たされます。
さらにもう一つ、科学者が置かれている社会の文化的環境も大きな影響を及ぼします。科学や科学者の価値を理解し関心を持ち、誠実に知の探究を続ける在日同胞科学者を見守り、新たな科学発見や受賞を共に喜び讃辞を送る在日同胞社会が「民族第一号のノーベル賞」を在日同胞科学者から生み出します。遠い未来のこととは思えません。
■□
プロフィール
ホン・ジョングク 農学博士、在日韓国科学技術者協会直前会長。元東京大学特任教授、元IBM Research 東京基礎研究所部長、元(韓国)農村振興庁課長研究要員・(財)高麗人参研究所室長・梨花女子大講師
(2015.8.15 民団新聞)