北韓の体制危機は深刻化しており、崩壊すれば約10万人に及んだ北送同胞と、その家族らの相当数が難民化することは避けられない。在日家族からの仕送りなどで、相対的に恵まれた境遇にあった北送同胞は、混乱に際して一般住民から迫害される可能性さえ指摘されている。
鄭中央団長は3・1記念辞で、そうした可能性を念頭に、元在日の脱北同胞の増加は在日社会に深刻な影響をもたらすと指摘、今から民団と共同対処するよう総連同胞に呼びかけた。
脱北して日本に居住する北送同胞と家族は、すでに200人を超えている。極めて異質な環境で生きてきただけに、縁故の地である日本とは言え、定着するのは容易ではない。
この間、民団の脱北者支援センターや日本の市民団体が支援してきた。蓄積されたノウハウを共有し、元在日の脱北者を受け入れる体制づくりが急がれねばならない。
元在日同胞を含む北韓住民は、飢餓をも覚悟しなければならない慢性的な生活苦、人権蹂躙に不満を募らせており、09年12月の貨幣改革失敗以降、怒りを隠さなくなった。小規模ながら各地でデモが起きている。
3・1独立運動は我が民族にとって、現在もなお重要な歴史的意義を持ち続けている。我が民族の集合的なアイデンティティ形成に決定的な役割を果たし、独立への一体感を確かなものにしたからだ。
その独立宣言書に署名したのは33人。そのうち平安道出身のクリスチャンが11人を占めた。解放直後のソ連軍政下で、最も影響力を持ったのは、平安南道出身でキリスト教精神を土台にした民族主義者として知られる晩植だった。
民族独立、南北統一、民主主義確立を掲げてが創立した朝鮮民主党は、わずか3カ月で北部すべての道・市・郡・面に支部が結成されるほどの勢いがあった。
北部は歴史的に、民族主義者やキリスト教徒が多い。北韓独裁は彼ら縁者を最下層の成分に貶め、一貫して抑圧してきた。今回の騒乱は平安北道を中心に起きており、伝統的な気質は決して、根絶やしにはされていないことを証明した。
まだ、生計型の散発的な不満表出に過ぎないとは言え、3代目への権力世襲と2012年の「強盛大国」を推進するために、北韓独裁がさらに統制を強化すれば、一時的に押さえこめるとしても、政治性を帯びた闘争へと発展する可能性は高まろう。
総連はいつまで、手をこまねいていられるのか。
組織としての総連は「帰国事業」を通じて、多くの同胞を「地上の楽園」とは正反対の凍土の地に送り込み、彼らの財産を取り込むことで資金を太らせた加害者であり、利得者だ。一方、構成員個々を見れば、北韓に家族を人質にとられた被害者の立場にあるとも言える。
総連組織とそれに連累する同胞たちは、北韓独裁の崩壊後への問題意識を育む必要がある。同時に、少なくとも軍事優先から民生重視に転換するよう、一石を投じるべきだ。せめてはまず、元在日の脱北者を迫害の対象とせず、救済の手を差しのべねばならない。
(2011.3.8 民団新聞)