掲載日 : [2021-11-10] 照会数 : 3505
元BC級戦犯 李鶴来さんを偲ぶ…100人以上から追悼文
外国籍元BC級戦犯の名誉回復と補償を日本政府に訴え続け、今年3月に96歳で亡くなった李鶴来さん(「同進会」会長)を悼む文集『不条理を問い続けた生涯を偲ぶ』がまとまった。「韓国・朝鮮人元BC級戦犯者『同進会』を応援する会」が呼びかけたところ、メディア、法曹界、同進会・家族など100人以上から追悼文が寄せられた。
河村建夫さんは2016年、日韓議員連盟幹事長として韓国人BC級戦犯の名誉回復、および補償問題の解決に向けて1人あたり支給額260万円で調整、法案も取りまとめた立役者の一人。しかし、党内手続きが滞り、李さんが生存中の立法化は間に合わなかった。
河村さんは「この問題はやはりどう考えてみてもこのままで済ます問題ではない」(4月1日の院内集会での発言から収録)と述べた。
民団中央本部の徐元喆事務総長は「(朝鮮人)BC級戦犯の名誉回復の運動は『無念(を晴らす)運動』でもある」と規定したうえで、「この間、多くの同胞も在日組織も、いたたまれない関心はあったが、自分たちの生活や優先順位、『対日・対韓感情』にかこつけて進んで関与してこなかった」と率直に詫びた。
呂健二団長は弔電のなかで、同進会と共に法案の成立に向け、努力していくことをあらためて誓った
李さんは北海道新聞の記者だった関正喜さんに「こっちが死んじゃっても、この問題は残る。日本民族が続く限り、永久にこの問題を負債として背負っていく」と語っていたという。
関さんは「その『負債』の存在は、李さんたちが声をあげ、裁判を起こし、訴え続けてきたことで明らかになった。記録が残り、運動は続き、次世代に語り継がれる。これは、李さんたちの勝利ではないか」とつづった。
有光健さん(「同進会」を応援する会世話人)は、李さんの墓に詣でても「さよならをいう気にはまだなれない」のだという。なぜなら「李さんの闘いは未完で宿題は終わっていない」からだ。その「宿題」とは立法だ。
元BC級戦犯を祖父に持つ朴承夏さんは李さんから何年か前、「次はお前たちの世代だ」と希望を託されていた。追悼文では「しっかりとバトンを受け継ぎ、できることからやっていきたい」と誓った。問い合わせは大山さん(090・6548・7031)
刑死した仲間の無念訴え続ける
李さんは1942年、17歳のとき日本軍最末端の軍属として「徴用」され、南方のタイで連合国捕虜の監視にあたった。日本の敗戦後、食糧や医薬品が十分いきわたらないなか、捕虜を過酷な労働に従事させたとして、日本軍が負うべき戦争責任を肩代わりさせられた。同じようにB級戦犯の指定を受けた同胞は合わせて148人にのぼり、このうちの23人が刑死した。李さん自身、死刑判決を受けたが、後に減刑され、日本の巣鴨プリズンで服役した。釈放後は、元戦犯として孤立無援なまま日本社会に放り出された仲間とともに「同進会」を結成し、刑死や自死に追い込まれた仲間たちの無念の思いを晴らそうと歴代首相に問題の解決を訴えてきた。
(2021.11.10 民団新聞)