「音楽の感動を共に」
ベー・チェチョルさんと日本人プロデューサー
甲状腺がんで歌唱に必要な神経全てを切断しながら、奇跡的に復活を遂げた韓国人テノール歌手、ベー・チェチョル(宰徹、42)さんと、彼を支え続け共に歩んできた音楽プロデューサー、輪嶋東太郎さん(ヴォイス・ファクトリイ代表取締役、48)の友情と絆を描く韓日共同制作の映画がクランクインする。タイトル(仮題)は「奇跡〜君の歌声を再び」(キム・サンマン監督・脚本)。年末に韓国で、日本では13年初頭の公開を予定している。新たな韓日の100年に向けて「信頼と友情をさらに深めていくために、この映画がその役割を果たすことができると信じている」と輪嶋さんは話す。
「ベーさんの歌声を初めて聞いたときの感動は忘れられない。豊麗に響きながら、喜びの中にも悲しみも絶望も全部ある歌声だった」
ベーさんは08年に一色信彦・京都大学名誉教授による世界初の声帯機能回復手術を受け、厳しいリハビリを経て復帰した。医学では考えられないことだった。
ベーさんが05年秋にドイツで受けたがん摘出手術により、歌声を失ったと知ったのは同年12月。涙する輪嶋さんに電話の向こう側から声にならない声で「泣かないで」と労った。
「何とかしなければ」の一心だった。不思議な縁が次々つながった。復活の裏で、日本のファンや共演者、在日たちがさまざまな形で支え続けた。
それまで「アジア史上、最高のテノール歌手」と称され、ヨーロッパで活躍していた。今は以前の7割程しか戻っていない。だが輪嶋さんは言う。「音楽の1番美しい部分は、前よりも何倍も大きくなっている。それは彼が『今の方が幸せ』と言えることが音楽に出ている」
この映画ではベーさんのヨーロッパでの活躍から輪嶋さんとの出会い、歌手として復活した姿などを描く。メーンキャストはユ・ジテさん、伊勢谷友介さん。ともに実力派俳優だ。20日に韓国でクランクイン。2人と縁の深い下関、セルビアへと撮影は続く。
映画化のきっかけはNHKで放送後、08年に韓国KBSで放送されたドキュメンタリー「あの歌声を再び〜テノール歌手ベー・チェチョルの挑戦」を見たプロデューサー、キム・ジョンアさんからの電話だった。
輪嶋さんは、特別な気持ちで制作に臨む。幼少の頃「音楽がなければ生きて来られなかった」と言う。「音楽が何のためにあるのか」。本当に音楽を必要とする人たちに提供するには、その思いを共有できる歌手でなければできない―。現実と自身が求める音楽との葛藤に悩んだ。
愛することを教えてくれる
03年、ヴェルディのオペラ「イル・トロヴァトーレ」上演の時、ベーさんを初めて招聘。その後、ベーさんや韓国人歌手と交わる中で、輪嶋さんは進むべき方向を決める。「いかに人生で苦しんだか。そういう物を持ち続けてきたからこそ、今の日本人に愛することや愛されることの本当の意味を教えてくれる」
「ベーさんにはやるべき使命があり、声を新しくされた」と信じている。ベーさんの復帰は両国の人たちの友情と絆から生まれた結晶だ。まさに「ベーさんの声は日本と韓国のデュエットであり、医学と芸術のデュエット」が生んだ奇跡だった。さらに在日に対しても「あってはならない困難を背負わせる日本の社会にしてはいけない。その道づくりをするためにも私たちはこの映画を作る」。
未来へつなぐサポーターを
制作にあたっては「この映画の感動が切り開く未来を一緒に夢見て」と、資金面から映画作りに参加する支援者(サポーター)を募っている。制作資金は2億8千万円。1口1万〜3千万円まで。
支援者には「沢山の人たちが協力したということを次世代にメッセージで残したい」と、全員の名前をエンドロールに刻む。金額ごとにベーさんが同行するロケ地ツアー、エキストラ参加などの特典も設けた。今、このプロジェクトに賛同する人たちの輪が広がっている。
「最初、多くの人たちがベーさんの素晴らしい歌によってつながった。その歌が実は韓国の土地、文化、家族などに育まれた上に咲いた花だったということに私たちは驚いた」。今年、ベーさんと出会って9年目。かけがえのない大切な物を得てきた。「映画を見た方に人生って、捨てたもんじゃないと思っていただける作品になると思う」。未来へつなぐ作業は始まったばかりだ。
日韓共同制作映画「奇跡〜君の歌声を再び」の支援に関する問い合わせはヴォイス・ファクトリイ映画プロジェクト担当(TEL03・5388・0041)。
(2012.4.12 民団新聞)