「ドキドキ、ワクワクの初体験」。これは在外国民の一員として国政選挙に初めて投票した在日同胞の多くが抱いた感慨だった。投票箱に投函した瞬間、うっすら目を潤ませ、記念写真に収まる光景も見られた。遠く感じられた本国の政治状況が身近になったという声も聞いた。12月の大統領選挙がいよいよ待ち遠しくなったようだ。
朴静子さん(64、婦人会大阪・生野南支部会長)は、「待ちに待ったこの日」を投票初日の3月28日、駐大阪総領事館で迎えた。「投票箱に近づくにつれて胸がドキドキした」。駐名古屋総領事館で投票した鄭玉順さん(71、婦人会愛知・豊橋支部会長)も同じく胸のときめきを味わった1人。「この気持ちは経験してみないと分からない」。
申敬子さん(民団愛知・豊橋支部事務部長)は登録手続きの時こそ「煩わしいな」と感じていたのが、いざ投票日が近づくと、不思議なことに遠足を前にしたウキウキ気分に変わったという。
大阪市内の在日3世青年(30代)は駐大阪総領事館での投票。「投票箱に用紙を入れた瞬間、胸が熱くなった」と目を潤ませていた。
金奈緒美さん(29、青年会大阪本部会長)も同じ感想だった。これまで身近に感じられなかった本国が、ぐっと近い存在になったのを肌で実感したという。
東京・新宿の駐日大使館。文春子さん(71、民団東京本部直選委員)は、KNテレビで政見放送をじっくり比較検討して投票に臨んだ。「いざ、投函できたときは胸がジーンときた」と感激さめやらない表情。孫赫寿さん(71、東京)もこれが生まれて初めての1票。「ちょっと変な気分」とはにかんだ表情を見せた。
鄭郁さん(民団山梨本部前団長)は93歳と88歳の両親の手を引いて投票に駆けつけた。鄭さんによれば、両親は投票を楽しみに前日に韓国から戻ったばかりとのこと。朴喜雄さん(68、民団山梨本部団長)は、「本国で納税していないのに投票できるなんて、ちょっと複雑な気分」と苦笑い。
投票箱に投函する手を止め、一生に1度の晴れ姿を代わる代わるカメラに収めあう姿も各地で目立った。本国から派遣されてきた選挙管理委員会のメンバーは、在日同胞の国政参加への熱い思いに寄り添うように笑顔を見せていた。
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本人確認「指紋」投票者に不快感
大阪では50歳代とおぼしき男性が投票用紙受け取り窓口で「指紋」を拒否し、投票できずに帰る場面が見られた。この男性は、「指紋」の代わりにサインをすると申しでたが、認められなかった。「せっかくここまで来たのにおかしいじゃないか。なんでサインでは投票できないのか」と最後まで納得いかない表情だった。
同様の事例は東京でも確認された。駐日韓国大使館に設けられた投票所に詰めていた在外選挙管理委員会の担当者に確認したところ、「指紋は登録した本人が確かに来たという証拠」であって、別に指紋でなくてもいいのだという。たとえば、5本の指を握ってげんこつをつくり、読み取り機に触れるだけでも認められるとのこと。
この担当者は「在日同胞が過去の経緯から指紋押捺に不愉快な思いを抱くのは理解できる」と改善の必要性を認めていた。
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視覚障害者でも家族の介助受け
視覚障害を持つ在日3世の陳由紀さん(27、東京)は3月31日、家族とともに駐日韓国大使館を訪れ、念願だった投票を済ませた。投票にあたっては父親の信之さんの介助を受けた。
投票先は信之さんから各政党の政策を読んでもらい、自らの判断で事前に決めていたという。ただ、心残りは自らの手で判を押せなかったこと。
「この日をすごく楽しみにしていたのに、自分の手で投票できたという実感が薄い。点字があればよかったのに」と残念そう。それでも、「投票できていまはほっとしている」と笑顔を見せていた。
由紀さんは出生時から色素失調症の合併症を患い、視力を失った。
(2012.4.12 民団新聞)