民団東京が厳重抗議
東京都教育委員会が都の発行する高校日本史副読本「江戸から東京へ」の中の関東大震災に関する虐殺などの記述を見直し、来年度版から「朝鮮人の尊い命が奪われました」と修正することがこのほど、わかった。事態を重くみた民団東京本部(金龍濤団長)は7日、東京都教育庁を訪れ、「改悪」と強く抗議した。
民団東京の金保雄副団長は、「反省すべき歴史的事実を闇に葬り去っておいて、世界に誇れる都市といえるのか」と疑問を提起した。崔聖植副議長も、「混乱ではなく、虐殺と伝えることは我々世代の道義的責任だ。関東大震災から90年を迎えるこの時期、どうしてこうした変更がなされたのか、とうてい理解できない」と述べた。
朝日新聞の報道によれば、副読本の記述変更は「殺害方法がすべて虐殺と我々には判断できない」という都教委高等学教育指導課の独断で、副読本を監修した専門家には相談しなかったという。
民団側は「指導課の判断だけで記述を変更できるのか。審議会には諮らなかったのか。プロセスを知りたい」とただしたが、明確な回答は得られなかった。都教委の回答を待って今後、公開質問状を提出することも検討している。
副読本の変更箇所は「21 関東大震災と復興」の横網町の史跡紹介のコラム「関東大震災の史跡を訪れてみよう」の中で行われた。
修正前は限られた字数の中で虐殺事件があったこと、そして犠牲者を悼む行為として追悼碑が建てられたことを伝えていた。だが、修正後は「朝鮮人の尊い生命が奪われた」ことが碑に書いてあると他人事のように記している。これでは、「犠牲者を心から追悼し、繰り返してはならない」と願って碑建立のために1口1000円を寄付した人たちの思いを踏みにじりかねない。
「関東大震時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し追悼する会」の矢野恭子さんは、「私は朝鮮人犠牲者を殺害した方法が残虐でなかった資料は見たことがありません」と憤る。
追悼碑は関東大震災から50年が経過した73年に実行委員会の手で建てられ、東京都(知事)に贈与された。9月1日には碑の前で追悼会が行われ、歴代の東京都知事が追悼メッセージを寄せてきた。
(2013.2.13 民団新聞)