全国法務局に内部指示…「選挙運動」に名を借りたヘイトスピーチに対応
ネット上の「集団」にも削除などの措置
選挙運動や政治活動に名を借りた不当な差別的言動(ヘイトスピーチ)に対応する事務連絡が12日付けで法務省人権擁護局から各地方の法務局人権擁護部に送られた。あわせて8日付けで、インターネット上でのヘイトに対し、これまでの特定個人に加え、集団等に対する差別的言動についても削除要請などの救済措置をとるよう指示する依命通知を送っている。これまで、東京都知事選や都議会選などで、ヘイトスピーチデモを行ってきた「在特会」などで構成する政党が選挙運動を悪用したヘイトスピーチが野放しになっていたが、人権侵犯性のある言動に対して総合的かつ適切に判断し、対応していくことが期待される。民団ではこの間、ネット上のヘイトや選挙運動によるヘイトへの対応を各政党や議員らに求めており、その要望活動が反映された。
民団の要望活動実る
事務連絡では「選挙運動や政治活動の自由の保障は民主主義の根幹ではあるが、その言動の違法性は否定されない」とし、「選挙運動に藉口した不当な差別的言動などで人権を侵害されたとする被害申告があった場合は『ヘイトスピーチに関する人権相談に対応する指針(2015年6月10日付け)』および、『インターネット上の不当な差別的言動に係る事案の立件及び処理について(今年3月8日付け)』をも踏まえ、人権侵犯性の有無を総合的かつ適切に判断し、対応するよう」と指示している。
8日に出された依命通知「インターネット上の不当な差別的言動に係る事案の立件及び処理について」では、これまで特定個人に対するヘイトだけを削除要請などの救済措置対象としてきたが、集団等に対するものも、①集団等の構成員の存在が認められ②その構成員が精神的苦痛を受けるなど、具体的被害が生じていると認められる場合、特定個人と同様、救済措置対象にしている。
また、集団に対するヘイトに関しては、必ずしもその集団の構成員から精神的苦痛の有無・程度の聴取や救済の申立てを受ける必要なく、措置を執るよう指示している。
さらに、調査するも人権侵犯性が認められないと判断した差別的言動でも、「ヘイトスピーチ解消法」の第2条に規定する「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」に該当する場合、プロバイダに対し情報提供を行い、約款に基づく削除などの対応の検討を促すことを指示している。
法務省人権擁護局の佐久間総務課長は「事務連絡はこれまで曖昧にしていたものを整理した」とし、「選挙運動には表現の自由があるがヘイトスピーチを許すわけにはいかない。被害申告があれば調査し、現場でヘイトかとどうか迷うときは法務省で判断する。具体的な対応はその都度判断する」と話している。
2つの懸念に新方針
ネットと選挙運動 評価できる積極的姿勢
殷勇基弁護士(在日韓国人法曹フォーラム副会長)の話
日本政府はヘイトスピーチの解消に取り組んでいるが、法務省、なかでも人権擁護局がその主たる担当部局だ。今回の文書はあくまでも人権擁護局の内部文書であり、従来の運用方針を正面から転換したものでもないが、選挙運動とインターネットというヘイトスピーチ問題の最近の大きな2つの懸念事項について実際上は新方針を示したものといえ、人権擁護局の積極姿勢を評価できる。
この新方針を人権擁護局内でしっかり定着させること、さらに人権擁護局の外部、特に警察や、民間のインターネット事業者などに根付かせることが今後のポイントだ。他方、人権擁護局についてマンパワーや予算が十分なのか疑問もあるので、その充実が一層必要だ。
選挙運動に名を借りたヘイトスピーチの増加が問題になっている。選挙は民主主義にとって特別に重要だ。そこで選挙運動も手厚く保護される。
他方、選挙運動と称してヘイトスピーチをした場合、取締が一切できないのではないかと誤解している人もいる。今回の文書はそうではないことをあらためて確認したものであり、違法な選挙運動を取り締まる警察などに説明するときにも活用できるだろう。
インターネットへの書き込みほとんど費用もかからないで簡単にできるし、しかも匿名で書き込まれるから、被害者が犯人を突き止めるだけでも大きな労力を要する。甚大な被害をもたらしているにもかかわらず、インターネット上のヘイトスピーチは野放しに近いということが大きな課題だ。
人権擁護局は加害者や、インターネット事業者に対してインターネット上のヘイトスピーチを削除するなどの指導をしている。ただ、従来の運用方針は不十分で、「特定人」を対象としたヘイトスピーチしか取り扱わないものとしてきた。これはヘイトスピーチ解消法や、その上位法である人種差別撤廃条約からするとおかしい。しかし実務としては「●●人である、誰々は日本から出て行け」は「特定人」に対するヘイトスピーチなので取り扱うが、「●●人は日本から出て行け」というのは「不特定人」(集団)に対するため、取り扱いの対象外という方針だった。
今回の文書は正面からはこの従来の方針を変えていない。ただ、「不特定人」に対するようにみえても、実際には「特定人」に被害が出ていることも多いため、その場合は取り扱えるはずだ、としている。
だから、「不特定人」(集団)に対するヘイトスピーチについても今後、取り組みが進む可能性があると期待できる。今回の文書は、警察、さらにインターネット事業者などの民間事業者を説得するときにも利用できるだろう。
(2019.03.21 民団新聞)